道州制ウイークリー(125)~(129)

■道州制ウイークリー(125)2018年12月1日

◆最小の経費で最大の効果の実現

(林宜嗣関西学院大教授他著『地方創生20の提言』より)

地域経済の活性化によって税源を大きくすることが重要だが、同時に自治体内部の行財政運営の効率化によって財源を捻出する努力も必要だ。地域経済の活性化と地方行政改革は地方創生の両輪である。

財政健全化への自治体の取り組みによって赤字団体数が減少するなど、地方財政は改善の兆しをみせている。しかし、財政健全化への取り組みの多くは緩い財政規律によって生まれた過去のツケの返済だ。地方財政健全化法は行財政運営に規律を与えようとするものだが、財政の収支尻を合わせることが真の財政再建ではない。

行政の非効率性を改善することを目的に1980年代以降、欧米諸国ではニュー・パブリック・マネジメントの考え方使われるようになり、実践されてきた。その中心となる考え方は、公共部門においても民間企業と同様の経営手法を取り入れるべきということである。

「最小の経費で最大の効果」という課題を実現するためには、次の2つの効率性が満たされなくてはならない。第1は、限られた地域資源を最も有効に活用して、住民に提供できる行政サービスを最高の水準にまで高めるという「生産の効率性」である。真っ先に思い浮かぶのは行政サービスの外部委託だ。

第2は、住民ニーズに合った行政サービスの組み合わせを選ぶという「配分の効率性」である。今日の組織別・性質別(人件費、補助費等)に編成される予算は、高度経済成長期のように税の自然増収が見込まれ、膨張する行政需要を取り込みながら組織の拡大や、職員数や予算の増分を行えた時代には意味があった。

現在の地方行政が抱える最大の問題は、行政サービスの便益と費用の捉え方が適切でないことだ。資源の効率的利用を図るためには政策目標を具体的に示すとともに、行政サービスの供給にかかる費用を計算することによって「事業の評価」を実施することなど、科学的な政策形成ルールを確立しなければならない。

■道州制ウイークリー(126)2018年12月8日

◆広域連携は地方創生の必須戦略

(林宜嗣関西学院大教授他著『地方創生20の提言』より)

人や企業の経済活動が行政区域を超えて広がっているにもかかわらず、各自治体が近隣自治体と競合するような政策を単独で行うことは、政策効果を減殺するどころか、共倒れになる可能性も大きい。各自治体が強みを発揮できる政策に重点的に資源を投入し、他の自治体と一体となって圏域全体で多様性と規模の経済性を発揮する道を模索すべきである。大競争時代に生き残るためにも広域連携は必須戦略である。

地域経済の成長にとって特に重要な要素には、地域に産業が集積することによって生産能力が高まったり、輸送コストや情報コストが軽減されたりすることによって、産業活動の効率が良くなるという「集積の経済」がある。集積の経済を地域が手に入れるためには、経済活動が相応の規模を持たなければならない。

東京一極集中が進むなかで、首都圏以外の大都市圏が日本経済の牽引役を維持するためには、働く場を提供する大都市と居住の場を提供する郊外部との連携強化こそが大都市圏の広域連携のポイントである。企業のビジネス活動と、それを支える労働者の生活は不可分であり、大都市と周辺都市とがビジネスと生活という機能において補完関係を維持することが、大都市圏の広域連携の最も重要なポイントである。

大阪市には毎日100万人を超える人々が通勤や通学目的で市域外から流入しているし、名古屋市でも昼間流入人口は50万人弱に上る。大都市圏においては中心都市と周辺都市のどちらが欠けても地域は衰退する。

 

 

 

■道州制ウイークリー(127)2018年12月15日

◆広域連携、ライバルはパートナー

(林宜嗣関西学院大教授他著『地方創生20の提言』より)

かつて道州制が大きな議論となったが、「なぜ道州制なのか」という機能論よりも、道州の「区割り案」が大きな関心を呼んだ。区割り案は道州制に何を期待するかによって決まるはずである。にもかかわらず、時代に合わなくなった府県制の改革、国からの権限移譲の受け皿づくり、地域経済政策の実施の広域化など、道州制にはさまざまな期待が錯綜し、ここに決着をつけないままに道州制論議が進んだこともあって、区割り案の議論がクローズアップされてしまった。圏域設定は広域連携に何を期待するかを決めてから議論すべきテーマだ。

国、地方ともに財政が厳しい現在、限られた資源を有効に活用するためには公共投資の重点化が不可欠である。その第1のメリットは、社会資本の有効活用が可能になることである。同種の小規模な施設を複数建設するよりもグレードの高いものができ、集客力がアップする。また、広域からの利用があるため、施設の稼働率を上げることもできる。第2は建設費・運営費の節約である。第3は地域(圏域)の中核施設づくりが可能になることである。第4は地域のイメージアップにつながることである。

「京都・大阪・神戸」、「富山・金沢・福井」、「福岡・北九州」、これらはライバル関係にあると考えられる都市だ。これからの時代、圏域内でライバル関係あるいは競争相手であった「まち」が手を結び、大きな相手に立ち向かうことが求められる。そのロジックは、「私の競争相手の競争相手は友達」である。1つの圏域に「核(コア)」が1つである必要はない。むしろ、既存の町が連携して1つの圏域を作り上げ、ポテンシャルを高めることが多くなっている。

 

 

 

■道州制ウイークリー(128)2018年12月22日

◆東京一極集中を抑える

(林宜嗣関西学院大教授他著『地方創生20の提言』より)

東京一極集中の勢いを弱めない限り、地方がいくら努力しても激流に流される可能性が高い。「東京集中は市場のなせる技であり、ストップをかけてはいけない」という主張は本当に正しいのだろうか。市場以外の要因、とくに制度的要因が東京一極集中を促してはいないか。もし、こうした要因が存在するなら修正すべきだ。ヨーロッパでは現在、グローバル時代において国の競争力を強化するためにも、首都以外の都市とくに第二階層都市を活性化させることが必要だとする認識が強まり、都市政策に影響を与え始めている。東京一極集中の原因と問題を検証するとともに、地方創生の環境整備として東京一極集中を抑える勇気を持つべきである、

東京への人口集中は2010年代には29.2%に達し、ニューヨークの7%やパリ、ロンドン、ベルリンなどを大きく上回っている。先進国の中で1つの都市にこれほど集中している日本は異例である。「東京一極集中は日本全体の活性化のために不可欠だ」という考え方に落とし穴はないか。問題点の①は高コスト体質の固定化、②は混雑による「負」のコストである。①高コストでは、東京のオフィス賃貸料、地価、賃金は極めて高く、2014年になると、高賃金を高い生産性でカバーするというメリットが失われた。②負のコストでは、東京に人や企業が移動することで、すでに立地している企業や既存住民に対して混雑のコストが及ぶ可能性である。

情報インフラ整備による問題点もある。情報ネットワーク形成による地域の均質化で、全国各地を東京色で塗りつぶしてしまう可能性である。地方で生れた情報は「ストロー現象」によって東京に吸い上げられ、地方間の横のネットワークが形成されていない。既成が多い日本では中央集権という日本型行財政システムが東京一極集中の要因の一つとなっている。

 

■道州制ウイークリー(129)2018年12月29日

◆分権改革は地方創生の環境づくり

(林宜嗣関西学院大教授他著『地方創生20の提言』より)

本来、地方あってこそ国のはずであるが、日本では「国あってこその地方」と考えられ、地方は国が描いた設計図にしたがって地域づくりを行ってきた。現在でも国に依存する地方の体質が残されたままだ。地方分権改革は住民ニーズに沿った行政サービスを提供するためだけのものではない。地域の問題に地方が主体的に取り組むための環境を整えることによって、地域力を強化するための地方分権改革が求められている。

グローバル時代は国境を越えて地域と地域が競い、一方で連携することが求められている。しかし、国の役割が消滅するわけでなく、新しい時代にふさわしい地域政策のパラダイムが求められている。旧パラダイムは停滞地域を補助金などの財政手段で支援するという格差是正型であり、国が中心となって再分配政策を実施するものであった。これに対して新しいパラダイムは地域のポテンシャルを掘り起し競争力を強化することを目的としている。

都市重視の地域政策は先進国のトレンドとなっているが、都市が持つ資源を十分に活用し、その特性を踏まえた政策を実現するために地方分権改革が進んでいる。地域経済成長にとって重要な役割を果たすイノベーションは、地域にとって外から与えられる外生的なものばかりでなく、地域内で生み出される内政的な部分もある。イノベーションにおいて安定的なマクロ経済情勢、税制や規制といった公共政策など、企業が活動しやすい環境を創造するための国レベルでの取り組みが重要であることはいうまでもない。しかし、異なった技術と資源の融合に必要な企業の集積、生産物の開発に伴うリスクの負担、研究・開発、企業間の取引は地域で行われるのであり、地方レベルでの取り組みが重要である。地域政策のパラダイムを変化させ、「地方が元気になってこそ、国も元気になる」という当たり前の考え方に立ち戻ることこそが重要。地方分権は地方創生の環境整備であり、成長戦略の効果を上げるためのものと位置付けるべきである。

道州制ウイークリー(120)~(123)

■道州制ウイークリー(120)2018年11月3日

◆域外から稼げる産業を育成

(林宜嗣関西学院大教授他著『地方創生20の提言』より)

これまで地方の経済を支えてきた公共事業が地域経済の構造改革につながらなかったことは歴史が証明している。地方経済が再生するためには、域外から稼ぐことができ、持続可能で、かつ導入しやすい産業の育成を進めなければならない。公共投資という景気対策に過度に頼った地方の経済は自立型の経済構造を実現できず、むしろ、公共投資依存体質が地域の自立的発展を阻んできたともいえる。

80年代に入ると、国家財政の危機によって公共投資が抑制され、行政投資の地方圏シェアが縮小していく。すると、地域間の所得格差が大きくなり始める。90年代に入るとバブル経済は崩壊し、景気対策としての公共投資が大幅に増加するとともに、地方圏のシェアは拡大に転じ、それに応じて地域間格差は縮小している。2000年代に入ると、国の財政再建によって公共投資予算が再び削減されるようになると、地域間格差が拡大に転じる。このように、所得の地域間格差は行政投資の地域配分に左右されてきたといえる。今後、公共事業予算が大きく増加することは期待できない。このことは、地方の経済が財政に頼らない構造に変わらなければならないことを意味している。

域外(国外)にモノやサービスを売ることによって稼いできた産業の衰退が地元経済に大きな打撃を与えた事例は日本のいたるところに存在する。逆に考えるなら、域外から稼げる産業が育つことで地域経済が好循環的に成長する可能性があるということだ。このような産業(企業)が育つと、そこにサービスや資材を提供する産業が育ち、従業員向けの飲食店等も活気づく。それでは、地域に導入しやすい産業、中長期的に持続可能な産業とは何か。地域に導入しやすい産業はその産業が必要とする資源、人材、交通条件等の点で、他地域と比べてその地域が優位にあるような産業でなければならない。

 

 

 

■道州制ウイークリー(121)2018年11月10日

◆農村振興のアプローチ

(林宜嗣関西学院大教授他著『地方創生20の提言』より)

農村地域において人口減少と高齢化は著しく、このままでは地域の持続可能性が危ぶまれる。しかし、農村部の振興というと、農業、自然、都会からの移住というステレオタイプのキーワードが出てくる。今や農村地域の進行は農業や自然のみを売りにする時代ではない。これまでの取り組みは農業政策以外の地域振興策との調整が十分でなく、政策効果が発揮されなかった。

地方分権改革を背景として英スコットランドでは様々な政策が展開されている。農村地域の発展政策もその一つで、農村地域におけるコミュニティのポテンシャルを発展させることによって、スコットランド全体の成長に結びつけようとしている。スコットランド政府は2011年に「農村の未来」を提出、そこでは、ハイスピード・ブロードバンドの整備、手ごろな価格の住宅供給、公共交通の充実、健康管理サービス、土地利用のあり方、コミュニティ間の連携強化、コミュニティ発展のための地域リーダーの能力とスキルの向上など、農村地域の発展戦略が示されている。

その背景には明確な発展戦略ビジョンが存在している。①多様な経済とアクティブなコミュニティを持つ、外向的でダイナミックな農村地域を創造すること ②所得と雇用を創り出すように地域の資産をコントロールし、地域サービスを供給しながら、コミュニティが自信をもって多様な成長を遂げること ③若者が自分の育った場所でキャリアを積み、豊かな未来が送れるチャンスをもつことなどで、その成果は着実に現れている。

わが国の地域活性化戦略の問題は、様々な政策が提案され、効果の分析や優先順位づけをせずにメニュー化され、プロジェクト提示前に将来ビジョンと地方戦略プランの策定が不十分なことにある。

 

■道州制ウイークリー(122)2018年11月17日

◆地方なればこその「地方経済開発戦略」

(林宜嗣関西学院大教授他著『地方創生20の提言』より)

近年,地域経済政策で注目を集めているのが、「地方経済開発」。国レベルでの経済政策を補完するものとして地方のレベルで行われるミクロ経済政策のことである。しかし、これまでの経済政策の単なる地方版ではなく、地方なればこその開発を組織的・体系的に実施することに重要な意味がある。

地方経済開発において重要なことは、これまでの国土政策や地域政策のように公共部門が中心となって開発戦略を立てるのではなく、自治体(国)、企業、非政府部門がパートナーとして対等の立場で地域経済成長と雇用増のための条件を共同で創り出すことである。従って、その場しのぎの対処療法であってはならない。

世界銀行が2006年に発表した報告書では、地方経済開発戦略を成功させる5つの原則を示している。①は経済問題だけでなく、社会、環境等の問題も包合した統合的アプローチを取り入れること。②は関係するすべてのパートナーがビジョンを共有し、パートナーの総力で戦略を注意深くつくりあげること。③は戦略が非公式経済にも配慮すること。④は幅広のプロジェクトを視野に入れ、採用すること。ただし、多くのプロジェクトを同時並行的に実施するということではなく、「選択」と「集中」が原則。⑤は他のパートナーやステークホルダーからの信頼が大きく、ステークホルダーをまとめ上げる能力を持った行動力のあるリーダーが存在することである。

戦略計画がうまくいかなかった原因として、6点を指摘している。①政治的な要因であり、戦略において重要なカギを握るグループを排除してしまうこと、②プロジェクトの責任者がチーム内で大きな役割を果たしていないこと、③戦略的な思考に欠けていること、④資金、調査研究、モニタリング、評価が不適切なこと⑤補助金獲得が目的になっていること、⑥最新の流行を追いかけがちなこと。地域の活性化は目標を羅列するのではなく、組織的かつ体系的に計画を立てるプロセスこそが大切なのである。

■道州制ウイークリー(123)2018年11月24日

◆自治体経営のあり方

(林宜嗣関西学院大教授他著『地方創生20の提言』より)

地方が創生を果たし持続的発展を遂げるためには、自治体を含むコミュニティが新たなインキュベーター(支援者)として機能したり、既存の産業を発展させたりする芽が地域に内在し、それに依存して発展することが不可欠である。自治体は行政サービスを効率的に供給するという従来型の課題に対処するだけでなく、政策プランナーとして企業家主義的な政策アプローチを身につけなければならない。

これまでにも多くの自治体が工業団地を整備し、加工組立型の大規模工場の誘致合戦を展開してきた。しかし、多くの場合、工場誘致それ自体が目的化し、地域振興のゴールであるかのように考えられた。また、これまでに自治体が行ってきた産業政策は、企業誘致を別にすれば既存産業に対する保護政策的な色彩が強いもの、あるいは多くの自治体がすでに行っているものの模倣が多い。

地方が持続的発展を遂げるためには、自治体を含むコミュニティが魅力ある生活環境を築くとともに、新たな産業のインキュベーターとして機能しなければならない。それは、自治体が従来の行政の守備範囲のなかで効率性をめざした「自治体経営」から、経済・産業、福祉、文化、教育などに関連する様々な資源を組み合わせることによって、人々が「住みたい」「住み続けたい」と思い、企業が「ここをビジネスの拠点にしたい」と考える地域を創るという意味での「地域経営」への転換ともいえる。

地域プロモーションに「ひな形」はない。にもかかわらず現実には、金太郎飴のような街並みや、類似した戦略が各地で見られる。地域間競争が激しさを増しているなかで、定型的なモデルに依存したり、他地域の成功事例を模倣したりするだけなら、例えば「わが町はどこよりも多くの補助金を支給する」といった量的競争に陥ることになる。地域経営というのは自治体運営の改革であり、マネジメントの改善である。

道州制ウイークリー(117)~(119)

■道州制ウイークリー(117) 2018年10月6日

◆広域連携による地域活性化③

(林宜嗣関西学院大教授他著『地域政策の経済学』より)

<日本の広域連携制度>

日本には自治体連携のための制度は存在します。近年、関西広域連合にように新たな広域連携の形が生まれてきてはいますが、具体的に機能しているのはやはり従来の行政の守備範囲に留まっています。広域連携に新しく地域づくり型の制度が加わりました。連携協約です。

首相の諮問機関である地方制度調査会は第31次答申「人口減少社会に的確に対応する地方制度およびガバナンスのあり方に関する答申」(2016年3月、「31次答申」)を提出しました。「31次答申」は、「地方圏において、早くから人口減少問題と向き合ってきた市町村は、中山間地や離島等を中心に、すでに厳しい現実に直面しており、行政サービスの持続可能な提供を確保することが喫緊の課題であるといえる」との警鐘を鳴らしました。

地方圏については、「特定の課題にとどまらず、幅広い分野の課題について総合的に検討することを通じて圏域のビジョンを協働して作成すべきである」と指摘し、従来の公共サービスの供給を主たる目的とした広域連携から、地方創生のための広域連携へと踏み出した内容になっています。

ここで注目されるのが「連携中枢都市圏」です。地域において大きな規模と中核性を備える中心都市が近隣の市町村と連携し、コンパクト化とネットワーク化によって「経済成長の牽引」、「高次都市機能の集積・強化」、「生活関連機能サービシの向上」を行うことにより、人口減少・少子高齢化社会においても一定の圏域人口を有し活力ある経済を維持するための拠点を形成することを目的としています。大都市圏においては、その必要性を認めながらもまだ制度化されてはいません。今後、大都市圏、地方圏にかかわりなく、広域連携は地域活性化の重要な戦略として展開される必要があります。

 

■道州制ウイークリー(118)2018年10月13日

◆広域連携による地域活性化④

(林宜嗣関西学院大教授他著『地域政策の経済学』より)

<地域政策におけるパラダイム・シフト>

人口減少時代において地方が衰退を食い止め、持続的な発展を実現するためには、外来型開発からの脱却と地域主導型の内発的発展への転換が不可欠です。それには、地域政策におけるパラダイム・シフトが必要です。ある時代に支配的なものの考え方や認識の枠組みをパラダイムといいます。時代が進み社会経済情勢が変化すればパラダイムも変わらなくてはなりません。

経済活動のグローバル化と新興国の経済発展、少子化による労働力の減少といった社会経済環境の変化が起こっている現在、日本では新しい形の経済に移行することが求められています。

地域政策のパラダイムの変化は日本だけのものではなく、先進国に共通した課題なのです。旧パラダイムは停滞地域を補助金などの財政手段で支援するという格差是正型であり、国(中央政府)が中心となって再分配政策を実施するものでした。地方は安い地価と豊富な労働力を材料に工場を誘致し、地域の活性化を図ろうとしてきました。しかし、こうしたパラダイムでは、先進諸国を取り巻く社会経済環境の変化に対応することが困難になってきたのです。

旧パラダイムが事後的な再分配政策的であったのに対し、新しいパラダイム(内発的発展)は地域のポテンシャルを掘り起し競争力を強化するという、地域の構造改革の色彩を強くもつものです。地域の特性に応じて組み合わせを工夫する必要があります。従って、過去の地域政策のように国が全国画一的な基準で政策を決定してはなりません。また、旧パラダイムが地域政策の実施エリアを県や市町村という行政区単位としていたのに対し、新パラダイムでは経済活動エリアという機能上の圏域を対象とする必要があります。このことは複数の自治体が連携して地域政策を行わなければならないことを意味します。

 

■道州制ウイークリー(119)2018年10月20日

◆地方創生に向けて

(林宜嗣関西学院大教授他著『地方創生20の提言』より)

首都東京を日本経済の推進力としようとしても、東京以外の地域が衰退したのでは日本経済は維持できない。住民、企業、自治体その他の関係者が共有できる地域ビジョンを作成し、将来のあるべき姿を見据えて、費用対効果の大きい戦略を策定し実行するものでなければならない。

とくに、人や企業といった民間経済主体は市場メカニズムに基づいて活動していること認識し、活力ある地域市場を育てるとともに、市場を望ましい方向に誘導することにエネルギーを注ぐべきである。そのためにも、住民、企業、自治体、国等が一体となって地域づくりに取り組まなければならない。

過去の政策や組織・制度を廃止し、成熟期にふさわしい地域づくりを効果的に進めるための環境整備を行うことは必要であるが、地方が自ら知恵を出し、地方創生に向けて行動することがなにより重要である。地方創生を実現するためには、経済の活性化によって地域資源を拡大するとともに、地方創生において重要な役割を果たす自治体が、創生に必要な財源を捻出するためにも「最小の経費で最大の効果」をあげる行財政運営をめざさなければならない。

 

■道州制ウイークリー(119)2018年10月27日

◆負の連鎖を断ち切れ

(林宜嗣関西学院大教授他著『地方創生20の提言』より)

地方では、人口減少が人や企業の活動環境を悪化させ、その結果、人口が更に転出するという「負の連鎖」が現実に起こっている。負の連鎖は重層的に生じているが、その第1は就業の場の喪失に伴う負の連鎖である。地方に立地した労働集約的な工場は輸出競争力が低下し、量産品は市場に近い場所で製造するということもあって製造拠点の海外シフトが進んだ。負の連鎖を引き起こす第2の理由は、「どこでも、だれでも、負担可能な料金で一定のサービスを受けることができる」と定義されるュニバーサル・サービスの提供が困難になっていることだ。地方の「無医村」「医師不足」の問題は深刻さが増している。第3は財政を通じた負の連鎖である。人口減少や企業の転出による地域経済の縮小は地方税収を減少させる。地方財政を媒介とした負の連鎖は、かつては地方交付税という国からの財政移転によって断ち切られていた。しかし、国の財政が危機的な状況にある今は、地方交付税に大きく頼ることは難しくなっており、財政力の差が行政サービス水準の差に直結する可能性がある。

地方の問題を「格差問題」としてとらえてしまうと、「東京で生れた経済的成果を地方に再分配する」という政策に頼り、根本的な解決策が先送りされてしまう可能性がある。バブル崩壊後、格差是正のために事後的に地域間再分配を行うという政策がいかにもろいものであったかは歴史が教えている。地方創生への取り組みは、地方が直面する現下の問題に対処する(短期)ことはもちろん必要だが、同時に地方の自立を実現するために、地方創生の考え方から戦略の実行面までを網羅した新たな構造改革を進める(中長期)という複線型でなければならない。

 

道州制ウイークリー(112)~(116)

■道州制ウイークリー(112) 2018年9月1日

◆日本再生8州構想2018年版(関西州ねっとわーくの会)⑤

道州制「8州」のかたち

8州制は単なる府県合併ではありません。8つの地域ブロックに再編します。8州は、北海道、東北、関東、中部、近畿、中国、四国、九州・沖縄です。

  • 新しい役割分担

国の分立や連邦制ではなく、一つの憲法の下、皇室、議院内閣制、衆参両院制を維持します。国と地方の役割分担を見直し、地域の多様性を活かし経済社会圏づくりを目指します。

 国政の根幹を担う

国の役割は、国の存立、国政の根幹を担うとともに、内政の総合的調整を行い、戦略的機能を強化します。

主な分野は、皇室、司法、外交、国防、通商、国家財政、通貨・金融、年金、教育基本計画、危機管理・テロ対策、資源・エネルギー政策、食料安保などです。

 

■道州制ウイークリー(113) 2018年9月8日

◆日本再生8州構想2018年版(関西州ねっとわーくの会)⑥

道州制「8州」のかたち

 州は大地域行政経済圏(メガ・リージョン)の司令塔

州は大地域行政経済圏を統括、地域経営の司令塔として、地域戦略を牽引します。必要に応じて市町村を補完します。

主な分野は、広域交通、警察、防災、農林業振興、中高等教育、インフラ整備、技術研究、健康保険、労働監督・職業紹介などです。

国立大学は一部を除き、州立の基幹大学として地域の大学を再編、地域文化・科学技術の活性化の核になります。

市町村 安心社会へ住民生活直結の行政

住民福祉行政の基盤は市町村です。府県の仕事も一部継承し、市町村間の連携を進め、行財政力を強化し、地域の課題に対応できる権限・財源を持ちます。

主な分野は、初等義務教育、都市計画、生活廃棄物、住民基本台帳、保険・社会福祉・介護、公園・街路、上下水道、ビザ発給などです。

■道州制ウイークリー(114) 2018年9月15日

◆日本再生8州構想2018年版(関西州ねっとわーくの会)⑦

 

道州制の歩み

道州制は約90年前から論議されています。明治維新60年の1927年、田中義一内閣が提案した全国6区の「州庁設置」案が最初です。1945年6月に国の広域行政機関として全国8か所に内務省管轄下の「地方総監府」されましたが、敗戦により廃止されました。戦後は1955年に関西経済連合会が「地方制」を提案したのが最初です。その後、数々の団体から提言がありました。2006年には地方制度調査会が「道州制答申」を出し、道州制の骨格はほぼ固まっています。

 

■道州制ウイークリー(115) 2018年9月22日

◆広域連携による地域活性化①

(林宜嗣関西学院大教授他著『地域政策の経済学』より)

<広域連携と地域政策>

地域政策の効果を高めるには、これまでのように各自治体が単独で実行するのでは限界があります。OECDの地域政策の新パラダイムでも指摘されているように、地域政策の地理的範囲は経済活動という機能上のエリアを対象とすべきであり、政策における自治体連携つまり広域連携の必要性が高まっています。その理由は4点あります。

第一は、行政区域と経済活動範囲との間に食い違いが生まれていることです。民間経済主体の活動は、道路整備や交通機関の発達によって行政区域を超えて広がっています。その結果、行政区域と経済活動が一致しなくなり、自治体単位の地域政策ではその効果が十分に発揮されない可能性が大きくなってきました。

第二は、個々の自治体が行政区域内を対象に、単独でしかも類似の産業政策を近隣自治体と競合するように実施しているために、事業規模が小さく共倒れになる可能性があることです。複数の自治体が役割分担を行うことによって特定の政策に特化し、規模の経済を発揮させる必要があるのです。

第三は、産業の活性化のためには地域経済の多様性が求められることです。

第四は、財政事情が厳しい中にあって限られた予算を有効に活用しなければならないことです。公共施設の最適配置は区域を超えたエリア単位で考える必要があります。

 

■道州制ウイークリー(116) 2018年9月29日

◆広域連携による地域活性化②

(林宜嗣関西学院大教授他著『地域政策の経済学』より)

<大都市圏における広域連携>

圏域全体としてその実力を強化することが広域連携の目的であり、地方圏においてその必要性は特に大きいと考えられます。大都市圏において中心都市と周辺都市との連携が重要です。大都市圏では、経済活動は主に中心都市で行われていますが、それはビジネスの側面であって、ビジネスを実行する労働力の多くは周辺自治体に住んでいます。例えば、大阪市には毎日100万人を超える人々が通勤や通学目的で市域外から流入していますし、名古屋市でも昼間流入人口は50万人にもなります。その他の大都市も労働力を周辺都市に依存しているのです。

中心都市の関係者は、「昼間人口に公共サービスを提供しているにも関わらず、住民税や固定資産税といった主要な地方税は居住地に入るために、受益と負担の不一致が生じている」と不満を漏らします。これに対して、周辺自治体の関係者は、「周辺自治体が子供の教育、福祉等、生活に必要な公共サービスを提供することによって中心都市の労働力を支えているにも関わらず、法人関係の税は中心都市に入っている」と考えます。不満をぶつけあうのではなく、中心都市と周辺都市とが連携して大都市圏としての実力を強化することの重要性はますます高まっています。

大都市圏においては、中心都市と周辺都市のどちらが欠けても地域は衰退します。大都市圏における広域連携とは、中心都市と周辺都市が「運命共同体」であることを強く意識し、補完関係を築くことによって、単独では実現できない付加価値をもたらし、大都市圏としての競争力を強化するものでなければなりません。

道州制ウイークリー(108)~(111)

■道州制ウイークリー(108) 2018年8月4日

◆日本再生8州構想2018年版(関西州ねっとわーくの会)①

関西州ねっとわーくの会は、今年設立10周年となり、2018年版道州制リーフレット「新しい国のかたち 日本再生8州構想」を発行しました。

日本を再生させるのは大地域行政経済圏(メガ・リージョン)の創設による自立的な多極発展にあり、その司令塔は「州」であるとアピールしています。人口減少、経済社会の広域化が加速する転換期、府県の時代から「州の時代」へ日本をリセットし、未来を開いていく時が到来していると考えています。

大転換期の日本

日本は大きな転換期に立っています。

人口減少と高齢化、社会保障費増大、経済の縮小、地域間格差、進まぬ財政健全化・・・。

高まる将来不安の第一は人口減少の加速です。2040年の人口は1億1091万人と予測され、今より1618万人減少、関西では330万人が減少します。65歳以上が国民の36%の3800万人になり、働き手の生産労働人口は1751万人減少、関西圏では304万人が減少します。働き手の人口減少率は約22.6%にもなります。

社会の根幹を揺るがす事態です。産業社会の変革は当然ですが、この減少率なら行政も激変、公務員は332万人から約75万人減り、256万人になります。国と地方自治体の改革は必至です。

 

 

■道州制ウイークリー(109) 2018年8月11日

◆日本再生8州構想2018年版(関西州ねっとわーくの会)②

輝く大地域圏メガ・リージョン

目指す地域の姿は大都市を核に半径100キロ程度の大地域行政経済圏です。地域活性、経済再生、国際競争力を維持していくのは、国単位ではなく、機動的に動ける「地域」です。世界は「メガ・リージョン」の時代です。

大都市の所得、税収を圏域内の中小自治体に循環させることも可能になります。

人口増と高度経済成長を前提にした国主導の戦後システムはすでに崩壊しました。「自ら地域を創る」という地域経営が原動力となります。「国を頼らず、国を支える」という気概で輝く大地域圏を創らなければなりません。

 

■道州制ウイークリー(110) 2018年8月18日

◆日本再生8州構想2018年版(関西州ねっとわーくの会)③

時代遅れ 中央集権の府県制

交通通信の進展、県境を越えて広域化する地域経済社会圏。山積する広域課題、そして東京一極集中の一方で沈滞する地方。細切れの府県体制で財政基盤も弱く、地域解決力が不足。地方はいまも国依存体質。状況は一向に改善していません。中央政府が全国一律・画一的に政策決定する明治以来の中央集権は制度疲労を起こしています。すでに時代遅れの制度です。危機管理からも東京一極集中は危険な状況です。この「日本衰退スパイラル」を断ち切らなければなりません。

 

 ■道州制ウイークリー(111) 2018年8月25日

◆日本再生8州構想2018年版(関西州ねっとわーくの会)④

地域が財政を握る

地域の自立には、自主財源の確立が要です。国頼みの補助金行政から脱却、地方の裁量度を高めることが必要です。予算獲得のための陳情政治から自前財源による政治へ変わらなければ、いつまでたっても地域自立は出来ません。

 現在の地方税収入比率は都道府県、市町村がともに歳入の32.6%で、いわゆる「3割自治」になっています。交付税比率は都道府県が17.2%、市町村では15.3%です。まずは、税源の地方分を増額することから始まります。新しい財政配分は国30、州30、市町村40%の地方重視に改革します。各州間には、なお財政格差の可能性があり、州間の財政調整は国が行います。国税の10%を共同税として州間調整財源とします。消費税、酒税の地方税化も課題となります。

◆道州制による財政削減効果は14兆円

NPO法人「地方自立研究所」の算定では、行政経費、補助金の重複などの整理で、都道府県分で5兆円、市町村分で9兆円の計14兆円の削減が可能としています。

 

道州制ウイークリー(104)~(107)

■道州制ウイークリー(104) 2018年7月7日

◆道州制の設計と分析(4)                     (江口克彦著『地域主権型道州制の総合研究』から)

▽道州制設計上の諸論点③国の省庁改革も同時進行

<第5論点=税財政の設計、格差調整をどうするか>難問と思われるのは、新たな税財政制度の構築である。道州制移行に反対する一つの理由として、財政力格差の拡大を懸念する声も強い。例えば、税還元率(納税額に対するサービス等のの比率還元額)で計算すると、島根県が3.0、東京都は0.3である。財政格差の是正は不可欠なのが日本の現状である。ただ、道州制移行に伴う税財政システムの最大の変化は、道州を構成する各州が独自の課税権を持つことにある。

<第6論点=道州政府の組織設計をどうするか>立法権、行政権の大幅な権限移譲を前提とした道州政府の設計を考えなければならないが、司法権については、どうするのか。基礎自治体、道州レベルに限定される道州条例違反などの裁判は「道州高等裁判所」で処理できるようにしたらどうかという考えも成り立つ。また、道州の統治機構については、議会制度、選挙制度、道州知事の権限など統治機構の設計だけでも論点は多数に及ぶ。

<第7論点=国の省庁改革をどうするか>道州制移行は地方制度改革に止まらない。国の省庁廃止、再編といった国政改革も視野に入る。省庁の改廃だけに焦点を当ててみると、①国土、農林、厚労、文部といった内政省は廃止し、道州へ移管、②外交、安全保障、危機管理、マクロな経済政策、財政金融政策といった機能は強化し、それにふさわしい省庁体制に再編する、③国会のあり方も問題となる、④会計検査院は外部監査制度に変えるのか、人事院は廃止するのか、⑤国と地方財政の切り分けを行う仕組みとしての「地方財政計画」を残すのか、などがあげられる。道州制は国家制度、国政のあり方の大改革を同時進行で実現する「明治維新」に匹敵する大改革となることが想定される。

 

■道州制ウイークリー(105) 2018年7月14日

◆道州制と社会的・経済的効果(1)                     (江口克彦著『地域主権型道州制の総合研究』から)

▽道州は広域政策の中核

明治維新以来続いてきた中央集権的な統治システムから、地域が自己責任と独自の判断に基づいて政策を展開していく地域住民主体の体制へと根本的に変えていく、それが「地域主権型道州制」である。

これには、①現在の行政単位は狭すぎる、②人口減少時代の到来、③中央集権体制がムダと堕落を生んだ、④国際社会で競争に敗れてしまう、といったさまざまな背景がある。「地域主権型道州制」は、中央政府の再編を前提に、基礎自治体を補完し、そこではやれない広域行政を展開する地域に根を下ろした広域行政地域・道州をつくっていくという、現行の日本国憲法下で実現可能な改革を指している。

財源や立法などの権限を国から大幅に移譲する広域圏の道州は、道路・空港・港湾などの広域社会インフラ整備、科学技術振興・高等教育、域内経済・産業の振興、対外経済・文化交流、雇用政策、域内の治安・危機管理、リージョナルな環境保全、広域的な社会保障サービス(医療・保険)といった広範な公共サービスや仕組みづくりを担当する。

道州の人口規模は、現行の都道府県・市町村をゼロベースで見直し、700万~1000万人をベースに、例えば12道州に再編することができる。人口規模は、財政的自立が可能となりうる規模を見る上で、経済社会として同等レベルのEU加盟各国の人口規模が一つの目安となる。また、地域経済圏でみた場合、経済圏それぞれがEUの一つの国に匹敵する経済規模、人口、面積を有している。国際競争力を維持する上で、日本1州当たりの経済規模は、アメリカ1州あたりのGDP2500億ドル~EU1国当たりのGDP4500億ドルの規模であれば、世界で十分通用するであろう。

 

 

■道州制ウイークリー(106) 2018年7月21日

◆道州制と社会的・経済的効果(2)                     (江口克彦著『地域主権型道州制の総合研究』から)

▽地域が変わる、日本にダイナミズム創出

日本ではバブル経済崩壊後、ひたすら政府が主導して内需拡大政策をとれば、景気は回復し、日本経済は再生すると考えられてきた。そのために、毎年、国債、地方債を大量発行し、需要創出による「夢」を国民にばら撒いてきた。しかし、ソビエトなど社会主義国家が崩壊したように、こうした行政社会主義的な政策志向が、日本の活力を失わせ、国民、地域の創意工夫の意欲を萎えさせ、もはや再起不能とさえ思われる「大きな借金」を作りだしてしまった。この方法を何度繰り返しても、日本は再生しない。

ここは、全く違う、日本再生の方法がいる。それが、「地域主権型道州制」への移行なのである。競争力を高め、全国各地が活気づかなければ、近い将来のうちにも日本経済は弱体化していく。道州などが、拡大された条例制定権、法律の上書き権、徴税権などの権限と自主財源を持つことで地域戦略の自由度が増す。これまで地方自治体では不可能だった取り組みができるようになる。

「地域主権型道州制」は次のように日本を元気にできる提案である。

①成長、安心、安全、そして活力ある楽しい日本へ

②各道州が道州外、海外との直接貿易、観光誘致を積極化できる

③イノベーションと税対策による産業の日本回帰と外資の参入

④美しい国、道義道徳の再興、安心安全社会の回復へ

⑤自由な発想、自由な行動、自由な成果が得られる社会へ

⑥個人が人間的才能を十分に発揮できる社会へ

⑦楽しい生活、生きがいのある生活ができる

⑧国際社会を舞台に活躍、貢献できる日本国民に変わる

■道州制ウイークリー(107) 2018年7月28日

◆道州制と区割り

(江口克彦著『地域主権型道州制の総合研究』から)

道州制は新たな区域を創出し、各区域が経済的にも財政的にも一定の自立性を保てるよう、設計する必要がある。どのような道州制区割り案が考えられるか、研究され、設計されなければならないが、内閣官房道州制ビジョン懇談会(江口克彦座長)が2008年3月に出した「中間報告」ではその狙いを次の5点あげている。

①繁栄の拠点の多極化と日本全体の活性化

②国際競争力の強化と経済・財政基盤の確立

③住民本位の地域づくり

④効率的、効果的な行政と責任ある財政運営

⑤(大規模災害などからの)安全性の確保

これは、内外に開かれた道州であると同時に競争力の強い地域の創出を意味しており、道州の区割りは、この狙いが実現できるものでなければならないと考える。道州の区域は、経済的、財政的に自立が可能な規模であることは当然として、新たな区域に住民が自分の地域という帰属意識を持てるような地理的一体性、歴史、文化、風土の共通性や生活面、経済面での交流などの条件を有していることが望ましい。

区割り案の1例として2006年の第28次地方制度調査会では次の3案を提示している。

①9道州案=ほぼ国のブロック機関の管轄区域に相当する例で、北海道、東北、北関東甲信越、南関東、中部、関西、中四国、九州,沖縄 ②11道州案=北海道、東北、北陸、北関東、南関東、東海、関西、四国、中国、九州、沖縄 ③13道州案=11道州案をベースに九州を北九州と南九州に分けている。

道州制ウイークリー(99)~(103)

■道州制ウイークリー(99) 2018年6月2日

◆道州制の背景と要因(8)

(江口克彦著『地域主権型道州制の総合研究』から)

▽税源移譲なくして「分権なし」

「地方分権一括法」が施行され、自治体の裁量は確かに増え、自治体自らの創意と工夫で地方行政を行える範囲は多少拡大したものの、分権はやはり中途半端だ。現在の地方自治の大きな課題の一つは、行制サービスを巡る受益と負担の関係が途絶しているために、つねに財政支出がふくれあがる傾向になってしまうところにある。分かり易く言えば、霞が関の中央政府が国税として全国から税金を集め、それをまた各自治体に分配しているために、自治体住民が何のためにどのくらい自分が税金を払っているかが不明瞭になっていることである。

重要なのは、より多くの権限と独自の税財源を地域が掌握しない限り、地域の経済を活性化させるのは難しいということである。いくつもの権限が国から自治体に移譲された。しかし、その中身といえば、非常に細かな権限ばかりで、特定政策領域のごく一部について権限を認められたというだけに留まっている。

家づくりに例えるならば、その家に住む人の判断に全てまかせるということにすることである。つまり、政策領域にける権限の一部を移譲するのではなく、その政策領域ごとすべて権限を移譲すべきだということである。同時に重要なのは、自分の自由になるカネで実行するということである、国からお金が回ってきても、それが自分の自由にならないのであれば、地域のニーズや地域の活性化に相応しい使い方はできない。

 

 

 

 

■道州制ウイークリー(100) 2018年6月9日

◆道州制の背景と要因(9)                     (江口克彦著『地域主権型道州制の総合研究』から)

▽構造改革特区の試みと限界

権限の移譲については、小泉内閣時代に進められた構造改革特区があるが、その目的は各地域の特性に応じて産業の集積や新規産業を創出することによって地域経済を活性化し、それを日本中に広げて国全体の経済活性化を図ろうというところにあった。

具体的にいえば、経済・教育・農業・社会福祉などの分野において自治体や民間事業者が自発的な立案を行い、それが具体的であり法令にも適合している場合、その立案に基づいて一定の地域に限定して規制を撤廃・緩和する制度だが、これまでの経済政策と違って国からの財政支援はない。また、特区で行われた政策が期待された効果を上げた場合、全国に拡大されることになっており、地方分権や規制緩和の実験場という位置づけがなされていた。

2002年7月の最初の募集から2007年4月までに13回の募集があり、3500を超える提案が寄せられた。しかし、回を重ねるごとに提案数も認定数も減少傾向になった。理由としては、一度どこかが申請して却下された提案に対しては、次に申請しても却下されることがわかるので申請が行われなくなる。特区に認定されても、次の段階でまた新たに手続きが必要になるので面倒になってしまう、などがあげられる。

構造特区の試みは、確かに権限の移譲や規制の緩和の特例という、地方分権にとって非常に重要な要素を盛り込んだものであったが、それもまた限定的な移譲や緩和であり、十分に効果を出しているとは言い難い。結局、構造特区の試みは尻すぼみになってしまった。現在の中央集権体制では、いかなる改善策を講じようと、おのずと限界が出てくるということであろう。

 

 

■道州制ウイークリー(101) 2018年6月16日

◆道州制の設計と分析(1)                     (江口克彦著『地域主権型道州制の総合研究』から)

▽新たな「国のかたち」道州制の定義

これまで、東京一極集中、中央集権体制の功罪、そして地方分権改革とその限界について論じてきたが、その狙いは、こうしたわが国の状況を打破する、次に来るべき新たな「国のかたち」として道州制国家への移行を提言する布石であった。これからの国家のあり方に関する視点は、中央集権体制に代わる新たな国家像は地域主権型国家である、というのが筆者の基本的考えである。

「地域主権型道州制」はヨコ型の地域間競争メカニズムを作動させることで、従来のタテ型の「集権的統治システム」から地域圏を開放し、元気な日本をつくろうという、ある種公共分野に市場メカニズムの発想を持ち込もうという考え方に立脚している。

道州制(地方制)という言葉は、戦前の1927年(昭和2年)に田中義一内閣の行政制度審議会における「州庁設置案」をめぐる時からの論議である。そろそろ100年経とうとする。戦後になると、さまざまな機関や団体から道州制構想が繰り返され提唱されてきた。それらの道州制構想に共通していたのは、「道または州と呼ばれる新しい機関または団体の管轄区域として都道府県の区域よりも原則として広い区域を予定していた」ことだ。こうしたことから、道州制とは、まず大雑把に「現在の47都道府県に代わる10程度の道州を広域自治として置き、そこを内政の拠点とするもの」と定義しておきたい。

平成大合併を契機に府県は一方で「空洞化」にさらされ、他方、府県機能の純化の過程で「広域連携」の要請に遭遇することになった。府県はこれから、府県固有の仕事である広域的事務、大プロジェクトの実施について、より「広域化」という軸を基礎に隣接府県と協力する形をとる必要が生ずると同時に国のブロック機関との二重行政の批判や同ブロック機関や国の本省機能の移管要請が強まり、府県再編と道州制がセットで行われていく、一つの道筋が考えられる。

■道州制ウイークリー(102) 2018年6月23日

◆道州制の設計と分析(2)                     (江口克彦著『地域主権型道州制の総合研究』から)

▽道州制設計上の諸論点①明治以来の都道府県を再編

道州制を設計する際、さまざまな角度からそのイメージを構想していく必要がある。

<第1論点=道州の区割りをどうするか>明治時代の初期の廃藩置県後、47都道府県の枠組みは大きく変わっていない。これを10程度の道州に括り直す「区割り」の問題は、国民が最大の関心を示すと思われる論点である。第28次地方制度調査会が示した区割り案は,例として3つあげている。第1は9道州。国のブロック機関の管轄区域に相当する例で、北海道、東北、北関東甲信越、南関東、中部、関西、中四国、九州、沖縄の9つ。第2は11道州。北海道、東北、関西、九州、沖縄は第1と同じだが、北陸、北関東、南関東、東海、四国、中国という区割り。第3は13道州。11道州を基礎にして、東北を北と南に、九州を北と南に分けている。

9道州の区割り例でいうと人口を約1000万人、経済規模で40~50兆円となっているが、いずれの例も「東京」をどう扱うかが問題となっている。人口や経済規模だけに着目し、それを平均化しようという区割りが絶対的に望ましいとは考えない。物流、人流など都市圏のエリアをひとつに捉えることが道州を有効に機能させることにつながるからである。東京圏の4都県は1つの都市圏として一体的に活動しており、日常の生活圏として相互補完関係から成り立っている。これを分離した場合、果たして広域政策はうまくいくのかどうか。

<第2論点=道州の所掌事務をどうするか>道州制に移行するなら、あらゆる仕事に国がくちばしを挟む、すなわち、補助金によってコントロールする体制は採用しないことである。国の役割を外交など対外政策と国内統一事務に限定し、あとは道州と基礎自治体に委ねるという考え方である。ただ、年金、医療、介護などの社会保障制度の骨格を決めるのは、国民共通に関わる問題なので国の役割といえよう。

■道州制ウイークリー(103) 2018年6月30日

◆道州制の設計と分析(3)                     (江口克彦著『地域主権型道州制の総合研究』から)

▽道州制設計上の諸論点②道州制移行は全国一斉で

<第3論点=市町村と道州の関係をどうするか>基礎自治体に可能な限り大きな役割を与えるべきで、道州の役割は広域政策と基礎自治体の補完に限定されるべきと考えるが、いくつもの論点が生じてくる。第1に、道州へ移行する際、都道府県から市町村への所掌事務の移譲をどう進めるべきか。第2に、政令市、中核都市、特例市も加え国民全体の50%をカバーするまでになった都市自治体の扱いをどうするか。第3に、逆に小規模な自治体として残る町村と道州の関係をどうするかも問題となる。今後、どのような方策を講じようと、地理上の理由などから小規模町村が残ることは認めざるを得まい。いま以上に広域化した自治体に補完機能を求めることが適切なのか、近隣の都市自治体の水平補完方式が有力な選択肢になるのか。いずれにせよ、筆者は、地元の選択に任せたらどうかと考える。

<第4論点=制度の柔軟性、移行方式をどうするか>道州制を全国一律の「標準型」にするのか、東京圏や北海道、沖縄といった地域については「特例型」を認めるのか、東京特別州の様な例外を認めるのか、といった制度の柔軟性も論点となる。また、移行手順についても、①国は道州の予定区域を示す、②都道府県はその区域の市町村の意見を聞き、一定期限内に協議により意見を定めて国に提出できる、③国は当該意見を尊重して区域に関する法律案等を作成するといった流れが想定されるが、国主導で一斉に移行せず、「条件の整った区域から順次道州に移行すべきである」との考え方もある。筆者は、「条件の整った地域から」という考えはとらない。国が定めた法律によって一斉に移行するという考え方に賛成である。もし現行の47都道府県の中から「合併しない宣言」の県が出てきたらどうするか。そうしたことで、新たな国のかたちができるかどうか大いに疑問である。漸進的な移行方式ではなく、究極的には「道州設置法」といった一般法の制定で全国一斉に移行する方式が望ましいのではないか。

 

道州制ウイークリー(95)~(98)

■道州制ウイークリー(95) 2018年5月5日

◆道州制の背景と要因(4)

(江口克彦著『地域主権型道州制の総合研究』から)

▽特殊法人という奇妙な企業

中央集権は各省庁の下に特殊法人という奇妙な企業を生み出してしまった。特殊法人は、公共性が高く、国ガ行うべきと思われる仕事を、企業的経営で行った方が馴染むということで特別な法律によって成立されたもので、公社、公団、事業団、特殊法人、公庫、金庫、特殊会社といったものがある。

特殊法人の問題点は、第一に、企業的経営といっても、自らの判断ではなく、国からの「命令」によって事業計画が決められる。損失を出しても公的資金によって補填される仕組みになっている。一言でいえば、「親方日の丸」といわれる放漫経営になってしまう。

第二は特殊法人が自分の傘下に子会社や孫会社などをつくり、それらに仕事を発注することで仕事を独占し、民間企業のビジネスチャンスを妨害し、一般消費者に高い商品やサービスを供給し、「不当」な利益をあげていることである。

さらに、特殊法人が官僚OBの天下り先になっていること。この結果、特殊法人やその傘下の企業をいくつも渡り歩いて、高額の給与、退職金を「稼ぐ」人がいる。この給与も退職金も結局は、消費者であり納税者である国民が払っているのである。

特殊法人に対しては、こうした批判が集まったため、「特殊法人等改革基本法」が施行され、廃止、民営化、独立行政法人への移行などの措置が取られつつある。しかしながら、廃止、民営化はともかく、独立行政法人に移行し、名前が変わったとしても、中央集権体制がなくならないかぎり、その性質が変わるはずはない。

 

 

■道州制ウイークリー(96) 2018年5月12日

◆道州制の背景と要因(5)

(江口克彦著『地域主権型道州制の総合研究』から)

▽高度化・高速化時代に対応できない中央集権体制

政府による必要以上の「規制」や「保護」も中央集権のマイナス面である。現在のようにボーダーレス化した経済社会においては、規制や保護は企業の独創性を阻害するばかりでなく、市場における自由な競争と発展を抑制する。自由な競争にさらされていないことが、日本企業・産業の競争力を弱めていると同時に、消費者も優れた商品やサービスを享受できなくなっている。

縦割り行政、無駄な社会資本整備、天下り、特殊法人、規制、保護といった問題についてはバブル崩壊以降の歴代政権が取り組んできた。しかしながら、国の中央集権的統治制度そのものが継続される限り、いかに努力を重ねたとしても改革の効果はおのずと限界が生じる。

中央集権体制は、今となっては日本を破滅に向かわせていると言える。その理由は2つある。まず一つは、中央集権的な国家体制では、複雑かつ高速化し、さらに統合化されつつある国際社会、特に経済活動に対応できなくなっている。現在の国際社会は、国と国という関係でなく、異なった国の地域と地域、国民同士が国境を超えて直接的に相互活動を行っており、国からの中央集権的な制約はそうした活動の障害になっている。

もう一つの理由は、現在の中央集権的な国家体制によって、中央政府が肥大化し、国家財政を逼迫させていること。国が自治体の行財政をコントロールする現在の制度は、国の仕事とそのための資金需要を増やすと同時に負担と受益の関係を曖昧にし、結果的に効率の悪い公共投資や公共サービスを生じさせ、国民の負担を増やす一方となってしまった。財政赤字はこれ以上増やすことはできない。

 

 

■道州制ウイークリー(97) 2018年5月19日

◆道州制の背景と要因(6)

(江口克彦著『地域主権型道州制の総合研究』から)

▽自治の原則か、平衡の原則か

中央集権体制を財政面から説明すると、より明確に中央集権体制の限界の構図が浮かび上がってくる。国と地方の関係において、国のとる自治政策の理念には、「自治の原則」と「平衡の原則」という基本的に相反する二つの原則がある。

自治の原則とは、地域的な行政サービスは、地域の自己決定と自己負担の原則に基づいて供給されるべきと考える理念である。この自治の原則を貫徹した場合、いくつかの問題が生じる。まず税源が地域によって偏在しているため、各自治体でサービスのレベルが異なってしまう点である。弱い自治体に住む人々も、財政力の強い自治体に住む人達と同じレベルの受益を求めるであろう。従って財政調整機能は残さなければならない。

一方の平衡の原則とは、国民はそれぞれの居住地にかかわらず同一水準の税負担で、同一水準のサービスを享受できるようにすべきと考える理念である。これに従えば、すべての行政サービスの供給は国が全面的に責任を負い、自治体はいっさいの裁量権を持たない国の出先機関、出張所といった機能だけを果たすことになる。ここで生じる問題は、各地域によって異なる行政需要に対して、画一的なサービスしか供給できなくなる点である。平衡の原則が働くよう取られてきた財政均衡措置の代表的なのが地方交付税である。

ただ、平衡の原則を重視すると、受益と負担の関係が曖昧になることによって、サービスの供給に無駄が発生するという問題も生じる。サービスが誰の負担で行われているのか曖昧になり、行政側も本来は無用のものも供給し、住民からの身勝手な要求にまで対応するようになる。その結果、財政が破たんする恐れが生じるのである。

 

■道州制ウイークリー(98) 2018年5月26日

◆道州制の背景と要因(7)

(江口克彦著『地域主権型道州制の総合研究』から)

▽無駄と利益誘導招く国庫支出金

国庫支出金は、国と自治体が協力して事務や事業を実施する場合に一定の行政水準の維持や特定の施策を奨励する手段で、財源保障や財源調整を目的とする地方交付税とは性格が異なる。国庫支出金は、国庫負担金が約70%、国庫補助金が約30%、国庫委託金が1%となっている。

国庫負担金は国が自治体活動の一部を負担するために義務的に自治体に交付する補助金。国庫補助金は国が特定の事業の奨励や財政維持のために自治体に交付するもので、具体的には廃棄物処理施設の整備、福祉事業の促進、道路整備などに対するものなど多岐にわたっている。国庫委託金は国が自治体の経費の全部を事務の代行経費として自治体に交付するもので、国政選挙や外国人登録など本来は国の仕事だが、自治体に行ってもらっているもの。

こうした国庫支出金には5つの基本的は問題がある。1点目は、国と自治体の責任の所在が不明確になること。2点目は、交付を通じた国の関与が自治体の自主的な行財政運営を阻害すること。国庫支出金は何に使ってもいいというわけでなく交付に際して、使用の仕方が微に入り細に入り条件づけられているからである。3点目として、細部にわたる補助条件や煩雑な交付手続きなどが、行政の簡素化、効率化を妨げていることが挙げられる。4点目は、縦割り行政の弊害を招き、総合行政を妨げるという点である。各省庁から直接自治体にまわってくるため、国レベルでのヨコの調整がほとんど行なわれない。まさに縦割り行政であり、その結果として、同じような施施が重複して出来上がり、無駄が生じることになる。5点目として、どの自治体にどれだけの国庫支出金を配分するのかという認定基準が曖昧なため、いわゆる陳情対象になりやすく、利益誘導を招いてしまい、無駄を発生させる原因となる。

道州制ウイークリー(91)~(94)

■道州制ウイークリー(91) 2018年4月7日

◆21世紀の地方分権~道州制論議に向けて(17)

(国立国会図書館調査及び立法考査局『道州制調査報告書』から)

▽財政調整及び財源保障

我が国における地方交付税は、財政調整の機能に加えて財源保障の機能も有しており、自治体間の財源の不均衡を調整するとともに、どの地域に住む国民にも一定の行政サービスを提供できるよう財源を保障するものである。道州制の移行により自らの税収のみでは財源が不足する道州が発生することが予測され、道州制下でも何らかの財政調整や財源保障の制度が必要となることが見込まれる。

各提言で意見が分かれる点として、財政調整や財源保障の対象となる行政サービスの範囲が第一に挙げられる。行政サービスは①社会保障、義務教育、警察などナショナル・ミニマムとして求められる基礎的行政サービス②自治体ごとに独自の基準を設定し得る行政サービス(独自サービス)の2種類に分けることができる。この場合、対象として考慮すべきサービスは①の基礎的行政サービスであると考えられるが、その範囲や水準をいかに確保するか、またどの主体がどのように基礎的行政サービスを維持するのかなどを検討する必要がある。

現在の地方交付税の主たる財源は、国税5税(所得税、法人税、酒税、消費税、たばこ税)となっており、各税の一定割合が地方交付税を構成する。これら国税5税のうち、所得税、法人税は景気の影響を受けやすいことから安定性に欠け、また都市部に企業が多く立地していることなどから地域間の偏在性が高いなど、地方税の原則にそぐわない。しかし、財源保障における財源に適していることが指摘されていることから、道州間の財源保障においては、現行の所得税や法人税が、その財源として有力となることが見込まれよう。財政調整の主体について、各提言では近接性の原理、地方の自立と国の関与の限定を求めており、現行の地方交付税のように国のみが調整を行う制度を主張するものは見られない。水平的調整か、又は国と地方による調整の2種類となっている。

■道州制ウイークリー(92) 2018年4月14日

◆道州制の背景と要因(1)

(江口克彦著『地域主権型道州制の総合研究』から)

▽東京一極集中の構造

道州制導入の背景には、東京一極集中の問題と中央集権体制の制度疲労がさまざまなひずみを生みだしているという問題があり、その改革方法として地域主権型道州制への移行を論じている。

東京一極集中は、日本の機関車として明治以降、そして第二次大戦以降、日本の繁栄をもたらしたが、オランダの都市学者クラッセンが指摘する通り、都市は「都市集中」→「郊外化」→「都市空洞化」→「都心回帰」→「郊外空洞化」という構造変化を起こし、最後は都市の死滅を迎えるという構図にある。東京圏はすでに都心回帰、郊外空洞化の段階に入ったとみてよい。

こうした20世紀の大都市・東京の繁栄はいつまでも続かない。否、続けることは国家の経営として好ましくない。地震国日本を考えても、首都直下型地震の発生一つを想定しても、国全体の機能がマヒするような恐ろしい事態が思い浮かぶ。2011年3月11日に発生した東日本大震災の被害状況からみて、首都直下型の場合、何十倍、否、何百倍もの被害が想定される。その影響は世界にも及ぶ。

ここは、どうしても地方分散政策を考えないと、この国は立ち行かなくなる。しからば、どうすればよいか。中央集権体制をそのままにしての高速道、高速鉄道、高速空港、高度情報網など高速社会資本を進めた結果、各地の果実と人口がストロー効果を通じて東京に一極集中してしまっている。それを食い止め、分散型に変えていくには道州制移行の議論は解決の糸口の一つを示しているのではないか。

 

 

 

■道州制ウイークリー(93) 2018年4月21日

◆道州制の背景と要因(2)

(江口克彦著『地域主権型道州制の総合研究』から)

▽中央集権システムの限界

明治維新の時、日本は列強と伍していくため、日本中の力を一つにまとめ、より強固な中央集権体制を擁立する必要があった。江戸時代までの各藩にはそれなりの自治があったが、それを版籍奉還、廃藩置県という二段階の改革を通じて廃止し、中央が地方を完全にコントロールする体制をつくりあげた。日本はさらに昭和13年(1938年)、近衛内閣時代に「国家総動員法」を制定、中央集権体制を強化した。戦後、アメリカは中央集権体制を道具として活用し、日本を統治することとした。そしてサンフランシスコ講和条約締結後、日本は再び中央集権的なシステムを使って、国の再建を進めていく。

しかし、国民のもつ価値観が「豊かさ」という一元的なものから、「個性」や「らしさ」という多様性の時代になってくると、一元的な統治システムは、むしろ社会発展の阻害要因となってしまう。もはや、中央集権は、日本を繁栄させるシステムではなく、日本を衰退させる以外のなにものでもなくなってしまっている。

霞が関の中央官庁が日本の社会・経済活動の多くを主導する東京への一極集中によりヒト・モノ・カネが東京に吸い上げられ、東京と周辺だけが発展し、地方は衰退していく仕組みが出来上がっているのが今日の日本である。官僚機構の効率低下の弊害もある。官僚制は次第に、自己目的で活動するようになり、本来の機能を果たせない硬直的なものになっていく。行政の機能が縦割りになってしまい、セクショナリズムが生まれ、能率が悪化。「省益あって国益なし」と揶揄されてきたが、多様化した国民のニーズに応じきれなくなっている。この仕組みが、地方を統制し、地方の活力を殺ぐ。地方発展の阻害要因になっている。

 

 

■道州制ウイークリー(94) 2018年4月28日

◆道州制の背景と要因(3)

(江口克彦著『地域主権型道州制の総合研究』から)

▽フルセット型行政で財政悪化

例えば、一つあれば十分なのにまた新たな橋がかけられる。客が少なくて潰れるホテルが続出しているリゾート地に公共宿泊施設が建てられる。スーパー林道といわれる立派な道が、イノシシしか通らないような山奥に作られる。このような事例が日本の各地で見られる。

府県行政の横並び主義、市町村行政の横並び意識が無駄な公共施設を林立させる結果となった。その背後には各省の補助金誘導が結びついている。もらわなければ損だ、つくらなければ損だというメカニズムが働く。各自治体が規模にかかわりなく、すべて同じものを揃えようと競う。これを「フルセット型行政」というが、それが結果として財政悪化を誘発し、行政に非効率性を招来してきた。

社会学者として有名な、米コロンビア大学教授も務めたロバート・キング・マートンは、官僚機構は、規則主義、責任回避、秘密主義、画一主義、自己保身、形式主義、前例主義、セクショナリズムに陥りやすいと指摘している。中央集権によって形成された日本の官僚機構はまさにマートンの指摘通りの弊害を内包している。

国と地方自治体の借金は公債の他に財投債、政府短期証券、借入金などを含め、合計は1200兆円を超える。政府は、プライマリーバランスの均衡を目指して努力している。しかし、中央集権的な国のかたちが変わらなければ、本質的な解決にはならない。仏の思想家、アレクシス・トクビルは著書『アメリカのデモクラシー』で、「中央権力というものはどんなに開明的で賢明に思われようとも、それだけでは大きな国の人民の生活のあらゆる細部まで配慮しうるものではない。中央権力が国民生活の細部にいたるほど、複雑多岐な機構を独力で運営しようとしても、極めて不完全な結果に甘んじるか、無益な努力の果てに疲れてしまうかのどちらかである」と言っている。

 

道州制ウイークリー86~90

■道州制ウイークリー(86) 2018年3月3日

◆21世紀の地方分権~道州制論議に向けて(12)

(国立国会図書館調査及び立法考査局『道州制調査報告書』から)

▽「道州」の地位に関する憲法問題①

道州制論と憲法論議との関わりについては、地方制度の広域化という観点からと地方分権改革という観点からとに大きく分けて捉える必要がある。政府の第27次地方制度調査会は、平成15年(2003年)11月の「今後の地方制度のあり方に関する答申」の中で、道州制の「基本的考え方」としては、「現行憲法の下で、広域自治体と基礎自治体との二層制を前提として構築することとし、その制度及び設置手続は法律で定める」と述べた。道州は都道府県に代わる広域自治体として、日本国憲法にいう「地方公共団体」(第92~95条)の地位が保証されるよう方向付けられたことになる。

続く第28次地方制度調査会は、首相の諮問を受けて道州制の問題を取り上げ、平成18年(2006年)2月に提出された「道州制のあり方に関する答申」においては、憲法問題に特に触れていないが、「地方公共団体は道州及び市町村の二層制とする」とした上で道州制の概括的な制度設計が提示された。

このように、道州に対して地方公共団体の地位を与えるという点では、おおむね現行憲法の枠内で実行可能な方法が模索されているということがいえよう。

 

 

 

 

 

 

■道州制ウイークリー(87) 2018年3月10日

◆21世紀の地方分権~道州制論議に向けて(13)

(国立国会図書館調査及び立法考査局『道州制調査報告書』から)

▽「道州」の地位に関する憲法問題②

道州制と連邦制とでは、「制度は本質的に違う」と指摘されている。連邦制には5つの要素がある。

第1に、連邦と州との間では立法権が分割され、通貨、外交、国防といった分野は一般に連邦の立法事項として憲法に列挙される。政策領域別に立法事項が配分され、連邦と州が各々の立法事項について最終決定権を有する。

第2に、連邦と州の間の権限紛争、すなわち各レベルにおける立法が憲法上の分割原則に抵触していないかについては、連邦レベルの司法府が判断する。

第3に、連邦の議会は2院制であり、憲法上、下院は国民を代表するように構成されるのに対して、上院は州を代表するように構成され、州が連邦の立法に参加するという形をとる。

第4に、連邦憲法の改正には、連邦議会両院での改正案の議決のほかに、例えば一定数の州議会の議決など、州の参加を要件とする国が多い。

第5に、各州は独自の憲法を有する。州の統治機構や州内の基礎自治体の自治・行政制度は、その州の憲法制度の下に置かれ、連邦憲法がこれらについて、一律に規定することはないのが通例。

これに対し、日本は単一国家であり、憲法上、国の立法権は国会が独占し、自治立法は法律の下位に置かれる。また、参議院は、衆議院と同様に「全国民を代表する」公選議員で構成され、地方代表とする旨の明文規定はない。仮に道州が連邦構成体としての地位と権能を有することになるならば、統治機構に関する憲法の規定は、地方自治に関する第8章にとどまらず根本的に書きかえることが迫られよう。

■道州制ウイークリー(88) 2018年3月17日

◆21世紀の地方分権~道州制論議に向けて(14)

(国立国会図書館調査及び立法考査局『道州制調査報告書』から)

▽「道州」の立法権

憲法第94条は、地方公共団体は「法律の範囲内で条例を制定することができる」と定めている。この条例制定権は「自治立法権」とも表現される。道州制論議においては、国と地方の役割分担を見直し、「国から道州への大幅な権限移譲」を行うことが謳われている。しかし、連邦制を採用するならともかく、国の立法事項以外は自治立法の領域として地方公共団体に移譲する、すなわち政策領域別に立法権を分別することは許されないと基本的には解されるので、国と地方の権限移譲の重複という課題は残る。国の立法の介入を完全に排除することはできない。

地方公共団体の自治立法に委ねられるべき事項について、憲法第94条との関係において国の法律は何を定めるべきかとういことになれば、例えば全国的に統一的基準をナショナル・ミニマムとして法定するといったことが考えられる。地方公共団体がその基準では不十分と考える場合には独自に条例をもって横出し又は上乗せを追加することが許されるとされる。これを一歩進めて、地方公共団体は「ナショナル・スタンダード」を踏まえて「ローカル・オプティマム(地方における最適)」を自由に追求できるのではないかという提言もある。

このように、自治立法事項については、国の法律による規律は地方の裁量の余地を残して枠組みにとどめ、詳細は地方公共団体がその枠組みの中で条例により定めるのであれば、いわば多層構造的な立法の分割という形で、自治立法は地方自治の本旨により適合しうるのではないだろうか。第28次地方制度調査会答申では、「国が道州の担う事務に関する法律を定める場合には、大綱的または大枠的で最小限な内容に限ることとし、具体的な事項は出来る限り道州の自治立法に委ねることとすべきである」とされている。

 

■道州制ウイークリー(89) 2018年3月24日

◆21世紀の地方分権~道州制論議に向けて(15)

(国立国会図書館調査及び立法考査局『道州制調査報告書』から)

▽財源移譲及びあるべき地方税体系

道州制に係る地方税財制度上の問題としては、道州間の財源格差の解消を図る財政調整制度、国の資産と債務処理のあり方が挙げられる。第28次地方制度調査会答申による12道州(北海道、東北、北関東、南関東、東京、北陸、東海、関西、中国、四国、九州、沖縄)別に歳入、歳出を算出すると、収支は、東京、南関東、東海、関西の4道州で黒字であるが、残り8道州では赤字となっている。国の収入を全て道州に移譲したとしても、人口や地方の税収に比例して配分したのでは、収支が赤字となる道州が発生することが予測される。道州制の下でも、道州間で資金の移転を行う財政調整が必要になるものと見込まれる。

国から地方への財源移譲については、地方の役割の比重が増加することから、道州や基礎自治体の財政運営の自主性、自立性を確保できるよう、国から地方に財源移譲を行い、地方の財政基盤を充実させることが各提言で主張されている。

あるべき地方税体系の構築については、道州、基礎自治体には、可能な限り偏在性が少なく、景気変動に影響されない安定性を備えた税体系を構築すべきとしている。中でも、経団連などは、消費税は所得課税よりも景気の変動を受けにくい安定性があることから、地方の基幹的財源として地方消費税の充実を主張している。

国と地方の財源配分では、国と地方の最終比率が、収入時の国55.4%、地方44.6%から支出時には国41.6%、地方58.4%と逆転している。こうした地方交付税、国庫支出金による国から地方への資金移転により、地方公共団体や住民が税の負担を感じないという財政錯覚が生じ、財政赤字の行政責任が不明確なものになっていることも指摘されている。

 

■道州制ウイークリー(90) 2018年3月31日

◆21世紀の地方分権~道州制論議に向けて(16)

(国立国会図書館調査及び立法考査局『道州制調査報告書』から)

▽課税自主権及び地方消費税

各提言をみると、道州および基礎自治体に課税自主権を付与することを主張するものが多い。課税自主権を認める理由として,道州制ビジョン懇談会は、道州および基礎自治体が自主性、自立性を発揮し、それぞれの状況や特性または住民の意思に適応した政策を展開し、相互の発展的競争を可能とすることを挙げている。

課税自主権と関連して、注目されるのが地方消費税である。地方消費税は偏在性の少ない税財源であることから地方税の基幹税として期待されている。道州制により、地方消費税が基幹税とされ、また地方に課税自主権が付与された場合に問題となるのが、各道州が地方消費税の税率を自主的に設定することができるかどうかである。一般に、消費税は最終消費地に税収が帰属するという仕向地課税が原則であり、道州間で異なる消費税率とするには州境調整が必要とされ、現実的でないとされる。

地方消費税の税率決定権を各地方に付与しているカナダでは、協調売上税が我が国と同じく、国税分と地方税分とが併存しているが、個別の取引ごとに税収を清算する代わりに一旦消費税をプールして、地域産業連関表に基づくマクロ税収配分方式に基づくことで各州の税率決定権が保持されている。

一方、道州間により税率が異なることで、経済的な混乱が生じるのではないかとの意見もある。通販やネット販売等で他の道州の消費者に販売しても、事業者の存在している道州の消費税率でしか課税できないこと、道州間の税率差異により全国展開する事業者に多額の事務コストが発生すること、低い税率の州で売り上げたとする帳簿操作や脱税に対する監視や取り締まり主体のあり方の問題が生じること、税率の低い道州へと越境した購買が増加するため道州間で税率の引き下げ競争が生じて減収に陥ることなどが指摘されている。