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ウイークリー「国のかたち改革」(27)~(30)

よりよき社会へ国のかたち改革 《12州構想》関西州ねっとわーくの会

■ウイークリー「国のかたち改革」(26)2023年7月1日

<国・地域の再生に向けて⑨>

(総合研究開発機構『広域地方政府システムの提言』より)

*イタリア・フランス・ドイツの州制度比較(2)

 いずれの国の州も直接公選・一院制の州議会を持っている。執行機関はフランスでは、州議会により選出される州議会議長が執行機関となる。イタリアの執行機関は、州知事を長とする理事会である。従来、理事会を構成する州知事および理事は州議会の互選で選出されていたが、1999年の憲法改正により、州知事は直接公選となり、それに伴い理事も州知事が任命するようになった。ドイツの州の執行機関は、州首相と各省大臣で構成される州政府である。州首相は州議会が選出し、各大臣は州首相が任命する。

 州の財政は、フランスの州歳出は地方団体の歳出全体に占める割合が8.5%と小さい。イタリアの州は60.5%と大きい。ドイツの州はさらに大きく62.5%となっている。フランスでは、県4.2%、市町村47.8%、広域行政組織19.5%。イタリアでは、県4.2%、市町村35.3%、ドイツでは市町村36.3%、目的組合1.3%となっている。

 歳出構造は、個人への生活保護費、年金や企業への補助金などの移転支出が、イタリアでは82.5%を占め、人件費は3.9%と少ない。フランスの州も移転支出が33.7%と最も大きい。ドイツの州は移転支出が40%と大きいが、人件費も37%と大きい。これはドイツの州が教育・警察を中心に直接的な行政サービスを提供しているのに対し、イタリアやフランスの州は、主として事業計画や資金交付の主体であるため。

 歳入構造では、ドイツの州は地方税が70%を占め、交付金・補助金は18%となっている。フランスの州では地方税が53.8%で、交付金が30.2%である。イタリアでは、地方税が33%であるのに対し、移転収入が61.7%を占めている。ドイツの地方税収の大部分は共同税で、単独の州税はない。財政的自立性はドイツの州が一番で、フランス、イタリアの順になっている。

よりよき社会へ国のかたち改革 《12州構想》関西州ねっとわーくの会

■ウイークリー「国のかたち改革」(27)2023年7月8日

<国・地域の再生に向けて⑩>

(総合研究開発機構『広域地方政府システムの提言』より)

*イタリア・フランス・ドイツの州制度比較(3)

 州間の財政調整については、ドイツの州は三段階の財政調整が行われる。まず共同税である売上税の州取り分の最大25%が、財政力弱体州に対し優先的に配分される。つぎに財政力富裕州から財政力弱体州に対して調整交付金が交付される州間財政調整が行われる。さらに財政力弱体州には連邦から連邦補充交付金が交付される。さらに財政力弱体州に対しては、連邦から連邦補充交付金が交付される。

 フランスの州は、従来、財政力富裕州から財政力弱体州に対して交付する州間不均衡是正基金という水平的財政調整の制度があったが、2004年度から、国の経常費総合交付金に州分が創設されたことに伴い、廃止され、同交付金の平衡化部分(平衡化交付金)に移行した。すなわち、水平的財政調整から垂直的財政調整へと変化した。

 イタリアの州については、まず特別州では、当該州の区域において国税として徴収された税の一部の一定率が州の財源とされている。また経済的社会的不均衡の除去等のために国に追加的財源の配当を求める憲法119条第5項の規定があり、国からの交付金において州間の財政力格差が考慮されている。

 州内自治体の財政調整については、フランスでは州と同様に国が行っている。経常費総合交付金の県分の中に平衡化交付金と最低経常交付金があり、市町村分の中に平衡化分がある。イタリアでは州も自治体を財政的に支援しているが、国が普通交付税・総合交付金等とともに地方財政平衡化交付金を支出している。ドイツにおいては、国ではなく、州内自治体の財政調整(垂直的財政調整)を行っており。その中心は市町村の財政調整を目的とした基準交付金である。

 

 

よりよき社会へ国のかたち改革 《12州構想》関西州ねっとわーくの会

■ウイークリー「国のかたち改革」(28)2023年7月15日

<国・地域の再生に向けて⑪>

(総合研究開発機構『広域地方政府システムの提言』より)

*イタリア・フランス・ドイツの州制度比較(4)

 州に対する国の監督では、ドイツの州は連邦法の執行を州の固有行政として行う。連邦の監督を受けるが、その監督は合法性の監督に限定されている。フランスでは自治体としての州とは別に、国の機関である州地方長官が置かれ、州の重要な行為について合法性の監督(事後の監督)を行っている。イタリアでは州単位に国の政府監察官が置かれており、州の立法に対する審査を行っていたが、2001年の憲法改正で国は州の立法の憲法上の適法性について憲法裁判所へ提起できるだけとなった。

 州の国政への参加については、ドイツでは各州の首相及び大臣等で構成される連邦参議院が州の意向を国政に反映させるための強力な機関となっている。イタリアでは1997年から常設となった国家・州会議が国と州の調整機関として中心的な存在となっている。また、州議会は国会に国の法律案を提出することができる(憲法第121条第2項)。フランスでは国会議員と地方議員の兼職が認められており、上下両院とも地方議員とその兼職者が大半を占めている。州議会議員と兼職している国会議員も当然おり、彼らが州の意向を国会に反映させるルートとなっている。

 他の自治体との関係では、ドイツは州が自治体の監督を行っている。郡も州の下級行政官庁の立場で管内市町村の監督を行う。自治事務については合法性の監督に限定され、連邦及び州の委託事務については合法目的性の監督も行われる。イタリアでも各州に地方行政監督州委員会が設けられ州が自治体の監督を行っている。フランスでは州は県・市町村と対等の自治体であり、県や市町村の監督を行うことはできないとされ、県及び市町村の監督は国の機関である県地方長官により行われている。

 

 

 

よりよき社会へ国のかたち改革 《12州構想》関西州ねっとわーくの会

■ウイークリー「国のかたち改革」(29)2023年7月22日

<国・地域の再生に向けて⑫>

(総合研究開発機構『広域地方政府システムの提言』より)

*わが国の道州制への視点(1)

 わが国に道州制の導入を検討するにあたり、イタリア、フランス、ドイツの例みると,2層制だけではなく、3層制の地方制度も選択肢としてはあり得る。しかし、ドイツ及びイタリアでは、州は強力で大きな存在であり市町村も大きな役割を果たしている。中間団体の郡や県は影が薄い存在である。これに対し、フランスでは市町村が一番大きな存在であり、その次は県であり、州は一番軽い存在となっている。基礎自治体である市町村を重視する点では3か国とも共通している。

 わが国の市町村の規模は、これら3か国と比べて大きく、平成大合併によって1741であるのに対し、フランスは約37,000、ドイツは約14,000,イタリアは約8,000。このため、都道府県事務の多くは合併後の新市町村によって処理することが可能となり、都道府県の役割が縮小していくことが見込まれる。この状況を踏まえると、都道府県を残した3層制を導入するとしても、国から事務・権限を移譲された道州と大きくなった市町村の間にあって、限定された役割を果たす都道府県という姿が構想されるのではないか。

 州の区域については、イタリアでは現在の20州を経済収支においてより均衡する12州程度に再編し、ヨーロッパ市場において競争力を持った地域をつくるという考え方があることや、フランスの州が経済発展や地域整備のための区域として出発したことを踏まえると,道州の区域は、経済的合理性にも配慮したものであることが求められる。フランスやイタリアの例をみると、経済のグローバル化に対応した地域的競争力の向上、そのための経済開発や地域整備が道州の重要な事務となる。

 

 

 

よりよき社会へ国のかたち改革 《12州構想》関西州ねっとわーくの会

■ウイークリー「国のかたち改革」(30)2023年7月29日

<国・地域の再生に向けて⑬>

(総合研究開発機構『広域地方政府システムの提言』より)

*わが国の道州制への視点(2)

 ドイツ、フランス、イタリアの3か国とも直接公選の議員からなる議会を持っているが、いずれも一院制である。わが国で道州制を導入するにあたっても、一院制の議会を設ければよい。問題は執行機関である。

 州の執行機関(その長)はフランスおよびドイツでは州議会の間接選挙によって選ばれる。また、イタリアでは直接選挙により選出されるが、その選挙は州議会議員選挙と一緒にかつ州議会議員の候補者名簿と結びついた形で行われる。この3か国では、いずれの州の執行機関の長と議会の多数派が一致する議院内閣制的な仕組みが採用されている。州の執行機関の長は、現在の都道府県の知事よりもはるかに大きな政治的権力を持つ可能性がある。したがって、州の執行機関の長の直接公選は当然の事柄ではなく、州に付与する権限の程度や州議会との権限配分(長の議案提出権の有無等)なども考慮しながら慎重に検討する必要がある。

 歳入に占める地方税の割合は、ドイツが70%、フランス54%、イタリア33%である。ドイツについては、水平的財政調整制度と垂直的財政調整制度の両者がある。わが国に道州制を導入するにあたっては、まず州への十分な地方税源の付与が必要である。ドイツの州のように地方税が確保されると、豊かな州では余裕が出てくるため、州間の水平的財政調整が可能となってくる。経済開発や地域整備が州の重要な事務となるとすれば、それに対応して企業関係税が州の主要な税目の1つとなり、州の経済開発の成功。不成功によってその税収が大きく左右されることになる。その努力の成果は各道州に帰属させるべきものであるが、一方で、当初からある経済格差等から生じる道州間の不均衡を是正するために何らかの財政調整制度(国による垂直財政調整、州間の水平的財政調整、あるいはその両者)を導入することも必要になると思われる。なお、州内の自治体に対する財政調整はドイツでは州が行い、フランスやイタリアでは一部を除いて国により行われている。

ウイークリー国のかたち改革(22)~(25)

よりよき社会へ国のかたち改革 《12州構想》関西州ねっとわーくの会

■ウイークリー「国のかたち改革」(22)2023年6月3日

<国・地域の再生に向けて⑤>

(総合研究開発機構『広域地方政府システムの提言』より)

*イタリアの地方制度(1)

地方自治の構造は、州(regione)、県(provincia)、

コムーネ(comune)による三層制からなる。この他、大都市、大都市圏、地区、山岳共同体などが地方行政を支援する。イタリア憲法は、いくつかの条文に地方自治を規定している。憲法第5条で、地方自治の認知と推進をうたっており、「一にして不可分の共和国は、地方自治を承認しかつ促進する。共和国は国の事務において、最も広範な行政上の分権を行い、その立法の原則及び方法を、自治及び分権の要請に適合させる」と規定する。

 州は、15の普通州と5の特別州からなる。第二次大戦後に制定された共和国憲法に規定されたものの、実際には1970年代になって本格的に始動した州は、比較的新しい自治の単位であるが、その地域的な広がりについては、1861年の国家統一以前にあった諸公国、王国のそれを基本的に踏襲しており、歴史的、伝統的な背景がまったくないというわけではない。緩やかな連邦制の導入、地方分権化にあたって、州を強化することは現実的かつ妥当なアイデアであったと考えられている。

 州政府は、かつては国の政府と同様の議院内閣制モデルに基づいていたが、州代表が市民による直接選挙によって選出されるようになり、現在は大統領制モデルといえる。市民から選挙によって選出される州代表及び議会、議会によって任命される執行機関である評議会からなる。州のトップであるプレジデンテは、評議会の議長を務めるが、議会の議長は別に議会の中から選出される。

 州の機能としては、第一に社会サービスの提供があり、医療、社会保障事業、保育、学校保健、文化事業、職業訓練などが含まれる。第二は、都市計画、特に土地利用計画に関する機能である。州は公共事業や都市基盤整備の計画、市の策定する都市計画の認可を行う。第三は、経済の統治。観光、商業、農業、水産業、手工業,鉱業などに関与する。

 

 

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■ウイークリー「国のかたち改革」(23)2023年6月10日

<国・地域の再生に向けて⑥>

(総合研究開発機構『広域地方政府システムの提言』より)

*イタリアの地方制度(2)

 州税は、州生産活動税、州個人所得付加税、州自動車税、州許認可税、メタンガス国家消費税に対する州付加税、固形廃棄物処理料、自動車登録税に対する州税、国家許認可に対する付加税、州有地その他の州産業の占有料、州の行政事務手数料、委託事務手数料なども自主財源となる。

 1998年導入の州生産活動税は、外形標準課税の地方法人課税で、第一に、州を課税団体とする科目の創設による財政の分権化の促進という意味を持つと同時にこれまでの複雑多岐にわたる税を統廃合し合理化する必要に迫られたものであった。第二の意義は、全国保険基金及び州ごとに徴収されているにもかかわらず中央集権的に運営されていた保険分担金によって営まれていた医療保険行政の改革、分権化である。第三の背景は、家族経営の中小、零細企業の多いイタリアにおいて、借入金に依存する従来の経営形態を変え、自己資本を高める必要性であった。99年、国からの財源移転が一部廃止され、替わって2000年より個人所得税の州付加税の税率が増加された。また、付加価値税の一部を州が得ることを認められた。特別州の財政は、一種の地方交付税に依存している。

 県は、廃止論に晒されながらも現在102あり、適正規模の政策単位として注目されている。県政府は、議会、評議会、県代表からなる。県代表(プレジデンテ)は議会と同日に直接選挙によって選出される。評議会の議長、議会の議長を兼任する。県の機能は、学校の運営、教員以外の人材管理、剣道の管理、環境保護、地域計画、運輸などに関する市政の調整機能であるが、自治の実態は千差万別で、大規模な市が存在する大都市圏において有名無実という県も少なくない。

 県の主要な機能は、土地の保全、環境の保護、災害の予防、水源やエネルギー減の確保、文化財の評価、道路行政と公共交通、動植物・公園・自然の保護、狩猟や農業、保健医療事業、中等教育、芸術教育、職業訓練、学校関連の営繕、地方自治体の技術的・行政的な補助、州計画作成への参画、県の全体計画・地域調整計画の作成と実施などである。          

 

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■ウイークリー「国のかたち改革」(24)2023年6月17日

<国・地域の再生に向けて⑦>

(総合研究開発機構『広域地方政府システムの提言』より)

*イタリアの地方制度(3)

 県の財政規模は州、市と比べて著しく小さく、活動が限定される。税収は、県自動車登録税、県自動車保険税、環境保護おとび環境衛生行政のための県税、県有地の占有料及び地下通路建設に関わる料金、個人所得税付加税などである。歳出において大きなウエイトを占めているのは、教育・文化、科学研究、運輸・通信などの行政分野である。

 コムーネは現在8000を数え、人口、面積、地域性にかかわらず同一の法的主体である。住民が100人に満たない小さな市から、300万人のローマ市までが、同一の基準によって規定されている。人口が3000人に満たない市が全体のおよそ6割を占めている。コムーネは、イタリアの地方意識を規定する共同体や基礎自治体を強く擁護する地域主義の伝統を体現している行政単位であり、地域共同体のアイデンティティは極めて高い。政府は、議会、評議会、首長からなる。首長は直接選挙によってえらばれる。議会は首長会派にプレミアムのついた比例代表性によって選出される。評議会は首長の任命する評議員から構成される。人口1万5千人以下の市の場合、首長が議会の議長を兼任するが、1万5千人を超える場合は議会内から選出される。

 コムーネの主要な機能は、都市警察、学校教育と保育、文化行政、見本市や市場を中心とする商業や事業の推進と監督、観光行政、手工業、農業、都市計画、公共交通と道路行政、水の供給、電気供給、ごみ収集、下水処理、都市基盤整備、公共事業、公園、住宅政策、環境保護など。州と国家が、社会サービス、社会福祉事業、教育、保健医療の分野に関与するようになった後、コムーネはこれらに対する権限の一部を失った。

 コムーネの財政基盤は、独自の税収及び国庫支出金からなるが、90年代の地方財政改革に先駆けて市不動産税ガ導入されたことによって、独自財源が国家ゕらの補助を上回るに至った。

 

 

よりよき社会へ国のかたち改革 《12州構想》関西州ねっとわーくの会

■ウイークリー「国のかたち改革」(25)2023年6月24日

<国・地域の再生に向けて⑧>

(総合研究開発機構『広域地方政府システムの提言』より)

*イタリア・フランス・ドイツの州制度比較(1)

イタリア、フランス、ドイツの3か国は、3層制の地方制度を採用している。イタリアは、州、県、市町村、フランスは州(地域圏)、県、市町村、ドイツは州、郡、市町村である。州の位置づけは3か国で異なっている。イタリアとフランスは単一国家であるのに対し、ドイツは連邦国家である。ドイツの州は主権を持つ国家であり、立法権をはじめ強力な権限を有している。イタリアの州は、単一国家の中の自治体であるが、立法権まで有する相当強力な自治体である。フランスの州は、同じ単一国家の自治体であるが、立法権もなくそれほど強力な自治体ではない。

州の数は、フランスが18(本国13、海外5)、イタリアが20(普通州15・特別州5)、ドイツが16(うち都市州3)。州の平均面積はフランスが2万5000平方キロ、イタリアが1万5000平方キロ、ドイツが2万2000平方キロ。平均人口はフランスが364万人、イタリアが294万人、ドイツが523万人となっている。

州の権限は、フランスの州は行政権のみを有し、イタリアの州は行政権と立法権を有し、ドイツの州は行政権・立法権に加えて司法権まで有している。フランスでは憲法で「法律は国会によって議決される」と規定している。

州の主な事務は、フランスの州は①経済開発・地域整備、②高等学校の設置・管理、職業教育、③産業廃棄物処理など環境行政や文化行政に課すること。イタリアの州は①保険医療、②都市計画、③観光・漁業・農業などの経済行政、④運輸・職業訓練などである。ドイツの州は、外交、国防及び航空交通など連邦固有行政として連邦が実施するものを除き、幅広い分野の事務を処理している。

12州制ウイークリー(333)~(337)

よりよき社会へ国のかたち改革 《12州制》関西州ねっとわーくの会

■12州構想ウイークリー(333)2022年12月3日

◆日本を衰退させない「新しい国のかたち」⑧

(江口克彦著『地域主権型道州制がよくわかる本』より)

「地方は国の下請け」といわれる理由

◆地方の仕事は国がつくった計画を実施するだけ

2000年4月に「地方分権一括違法」が施行されたことで、国と自治体の仕事の関係は新たなものになったが、現実的にはそれほど大きな変化はない。一括法依然の長期間にわたって維持されてきた国と自治体の関係は以下の通りだ。

一括法依然の自治体の仕事は、「機関委任事務」「団体委任事務」「行政事務」「固有事務」の4つに分類されていた。

「機関委任事務」は、国から自治体の長に委任された事務のことで、計画は完全に国によって立てられ、自治体はその実施だけを行うというもの。「団体委任事務」とは、国の事務のうち、ある一部を国からの委任を受けて自治体が実施する事務で、計画については国と自治体双方で行い、実施は自治体が行う。「行政事務」は、公権力を背景とする規制的な事務のこと。行政事務を計画するのは国と自治体双方だが、規制の基準などは国が決め、計画を実施するのは自治体となっている。「固有事務」とは、自治体の運営に関する事務や地域住民の生活・福祉などを向上させるための各種事務のことで、計画も実施もともに自治体が行う。

◆国の制度が自治体の活動を縛っている

これまで自治体が自分の裁量でできる仕事は「固有事務」だけで、その他の仕事は、国の関与があった。これら4つの仕事以外にも、国が自治体の独自の活動を縛る制度として「必置規制」というものがある。これは、国が自治体に対して設置しなければならない行政機関や施設、特別の資格を持つ職などを法令によって定め、その設置を義務付けるものである。この必置規制も、一括法によって一部緩和されたが、例えば、児童相談所や病害虫防除所、検定所、あるいは食品衛生監視員、児童福祉司、建築主事などを設置することが義務付けらてきた。自治体によっては、必要も余裕もないものを置くことにもなるわけで、この「必置規制」も長年にわたって自治体の自主的な組織運営を規制していた。

 

よりよき社会へ国のかたち改革 《12州制》関西州ねっとわーくの会

■12州構想ウイークリー(334)2022年12月10日

◆日本を衰退させない「新しい国のかたち」⑨

(江口克彦著『地域主権型道州制がよくわかる本』より)

財政を自前でまかなえない自治体

◆地方は使うお金を自由に集められない

 国と自治体の財政を量的に比較すると、日本の自治体の歳出規模は非常に大きい。例えば令和元年度においては、国の歳出が73兆4200億円(全体の42.6%)で、地方が98兆8467億円(同57.4%)となっている。これはイギリスやフランスはもちろん、アメリカやドイツといった連邦制の国に比べても、日本は圧倒的に自治体の方が多い。歳出の量、執行の側面だけで見ると、日本はかなり「分権的」な国といえるのかもしれない。

もう一つの特徴は、自治体の歳出規模が大きいのにもかかわらず、自前の税収の割合は他国と比べて非常に少ないこと。つまり、自治体の仕事は多く、そのために使うおカネも多いが、自治体が自前で集めるおカネは少ない。そのギャップは、国からの財政移転で埋められている。これは地域的なサービスの供給が自己負担の原則からかけ離れていることを意味している。

なぜそうなっているかといえば、自治体には歳入に関する自治が制約されているからだ。自治体は、自分たちの歳入の規模と内容を自己決定できないのである。

◆自前で集められるのは地方税だけ

自治体の歳入項目は多岐にわたるが、主要なものは、「地方税」、国からの補助金と捉えられる。「地方交付税」と「国庫支出金」、そして借金である「地方債」である。この4項目によって、8割から9割の歳入がまかなわれている。

この4項目を自主財源と国への依存財源に分けると、地方税だけが自主財源で、残りはいずれも依存財源だ。それだけでも自治体は国に対して大きく依存していることがわかる。

 

よりよき社会へ国のかたち改革 《12州制》関西州ねっとわーくの会

■12州構想ウイークリー(335)2022年12月17日

◆日本を衰退させない「新しい国のかたち」⑩

(江口克彦著『地域主権型道州制がよくわかる本』より)

国が地方税を決めている

◆地方税の種類も税率も自由に決められない

地方税は自主財源だから、本来、税目(税金の種類)や税率はそれぞれの自治体が自由に決めるべきなのだが、現実は、国会で決められた地方税法によって細部まで定められており、自治体による自主裁量権はほとんどない。税目については、法定普通税が定められており、自治体はこれを義務として課税しなければならない。つまり、自治体が独自に税金を集めようというときには、国の許可が必要で、自治体が自由に税目を設定することはできなかった。

税率については、国が標準税率を設定している。自治体がそれ以上の税率を設定する(増税)のは問題ないが、税率を低く設定すると、地方債の発行が制限されたり、地方交付税・補助金の算定で不利益を受けたりするなど、「ペナルティ」が制度的に課される仕組みになっている。

◆国が地方税に関与する理由は税源の「偏在」と「重複」

国が地方税に関して自治体を制約する背景として、「税源の偏在」と「税源の重複」が指摘されている。

「税源の偏在」は、地域によって税収に大きな格差が生じていることで、例えば地方税の一人当たりの税収額をみると、東京と沖縄では3倍以上の開きがある。

「税源の重複」には、税源の分離という原則があるが、日本では所得、消費、資産、流通といったように、いくつかに分類できる税源に対して、それぞれ国、都道府県、市町村が重複して課税している。

このように税源に偏在と重複があることで、自治体の課税自主権を拡大すれば、地域によって受益と負担に大きな差が生じ、「均衡の原則」が破られる。それを理由に、国は自治体への制約を行ってきた。

 

 

 

よりよき社会へ国のかたち改革 《12州制》関西州ねっとわーくの会

■12州構想ウイークリー(336)2022年12月24日

◆日本を衰退させない「新しい国のかたち」⑪

(江口克彦著『地域主権型道州制がよくわかる本』より)

財源不足の自治体に配られる「地方交付税」

地方交付税は、広い意味での補助金であり、国と自治体及び自治体間の「財政調整」、そして自治体に対する「財源保障」という二つの機能を担っている。

◆国が集めたおカネを「財源難」の自治体に分配するシステム

地方交付税の基本的な仕組みは国が国税としておカネを集め、各自治体の財源不足額に応じて交付するというもの。この地方交付税の制度に関して問題点は、まず一つに、国が地方交付税に充てられる額と、地方が必要な額が合致しない点がある。地方交付税の財源には国税の一定割合があてられるために、全体の交付税額は国の予算で決定される。一方で、1800ほどある自治体それぞれで不足している額を合計すると、国の予算と一致する場合がほとんどない。そこで、調整が必要になる。

景気の明暗により、交付税額は変動する。昭和50年代以降、法定交付税率は30数%だったが、財政が厳しい時には、実質的には40数%が交付された。国が借金をして地方交付税の穴埋めを行ったのだが、これが財政を逼迫させる原因の一つになった。

◆金額は国が一方的に決定し、自治体の意思は反映されない

それぞれの自治体で必要な額をどう決めるかについては、三つの問題がある。一つ目に、実際に足りない額を支給するか、客観的な方法で不足額を計算するかという問題がある。実際の不足分を支給するようにすれば、自治体は税を集めるのを怠ったり、ムダ遣いをするようになる。二つ目は、人口や面積など一つのモノサシを使うのか、各自治体の条件を踏まえて額を算定するのかという問題。気象条件の違いなどを加味すると、余分の費用が加えられることや、政治家や官僚の介入の余地が大きくなる。三つ目は、意思決定の在り方の問題。自治体に交付される金額は国が一方的に決定し、自治体の意思がほとんど反映されない。自治体は国の言いなりにならざるを得ない。

よりよき社会へ国のかたち改革 《12州制》関西州ねっとわーくの会

■12州構想ウイークリー(337)2022年12月31日

(江口克彦著『地域主権型道州制がよくわかる本』より)

◆日本を衰退させない「新しい国のかたち」⑫

「国庫支出金」がムダと利益誘導を招いている

国庫支出金も地方交付税と同様に広い意味での補助金といえる。ただし、国庫支出金は、国と自治体が協力して事務や事業を行うときに使われるおカネで、地方交付税とは性格が異なる。国庫支出金には3種類ある。「国庫負担金」がその約70%、「国庫委託金」が約1%、「国庫補助金」が約30%ある。

「国庫負担金」は,国が自治体の活動の一部を負担するために交付する補助金である。例えば小中学校の先生の給料は自治体が支払っているが、義務教育に関しては国にも責任があるため、3分の1を負担している。「国庫委託金」とは、国が自治体の経費全部を事務の代行経費として自治体に交付するもの。例えば、国会議員選挙や外国人登録などは、本来は国の仕事だが、国の移管が行うにはコスト的にも事務的にも不合理なので、自治体に行ってもらっている。こうした仕事にかかる経費の負担分が国庫委託金である。「国庫補助金」は、国が特定の事業や事務の奨励や財政維持に交付するもので、廃棄物処理施設施設の整備、福祉事業の促進、道路整備などに対するものなどとなっている。

国庫支出金に関しては5つの基本的な問題がある。1点目は、責任の所在が不明確であること。2点目は、交付を通じて国が関与することで、自治体の自主的な運営を阻害すること。国庫支出金は交付に際して、使い方が細かく条件づけられているからである。3点目は、交付に当たっての細かな条件や煩雑な交付手続きなどが、行政の簡素化、効率化を妨げていること。100万円の補助金をもらうのに何度も上京しなければならず、その経費が100万円以上かかってしまうといった指摘がしばしばなされる。4点目はタテ割り行政の弊害を招くこと。国庫支出金は、各省庁から自治体に回ってくるため、国レベルでヨコの調整がほとんど行われない。その結果、同じような施設が重複して出来上がり、ムダが生じることになる。5点目は、どの自治体にどれだけ配分するのかという基準が曖昧なため、「陳情」の対象となってしまう。

12州構想ウイークリー(329)~(332)

よりよき社会へ国のかたち改革 《12州制》関西州ねっとわーくの会

■12州構想ウイークリー(329)2022年11月5日

◆日本を衰退させない「新しい国のかたち」④

(江口克彦著『地域主権型道州制がよくわかる本』より)

「富士山型から日本アルプス型へ」

『地域主権型道州制』は、イメージでいえば、一つの圧倒的に大きな山が麓まですべてを支配するような「富士山型」ではなく、山々がお互いに高さを競い合うような、いわば「日本アルプス型」の統治構造である。

◆地域の政府が地域のあり方を自己決定する

一つの大きな拠点があるのではなく、力のある拠点がいくつも存在する「ポリセントリシティ(多中心)国家」、これこそが『地域主権型道州制』の統治構造である。政治学に「デバイディッド・サバランティ(分割主義)という考え方がある。これは、「市民にとって、最も危険なものは中央集権であり、これが市民の自由と独立を損ねてしまう。市民の自由と独立を守るためには、市民の自主独立を基盤とした地域社会をもとに国全体をつくっていくことこそが重要である」という考え方だ。

 中央集権のもとで生み出された「国の支配、自治体の依存」の関係を清算する。そして、自己責任と自由意思を持つ地域の政府が、その特性と住民のニーズを背景にしながら、その地域のありようを「自己責任」をもって「自己決定」する。さらには他の地域と「善政競争」をしていく。これが「地域主権」である。これを実現するには、中央集権化された統治構造ではなく、自治体同士がお互いに競い合えるよようなフラット型の構造でなければならない。

◆国・道州・市の三層制で新しい国のかたちをつくる

国と地域とでその役割を明確に区分けし、地域がその役割を果たすために、独自の財源を確保できるような課税自主権、税率決定権、徴税権を持つ必要がある。また、拡大された条例制定権、法律修正要請権を持ち、住民の積極的な参画と自立した財政基盤の確立を前提に、地域が主体的に取り組む。お互いに競争を行いながらに日本という一つの国を「共同経営」していくという統治形態である。

 

よりよき社会へ国のかたち改革 《12州制》関西州ねっとわーくの会

■12州構想ウイークリー(330)2022年11月12日

◆日本を衰退させない「新しい国のかたち」⑤

(江口克彦著『地域主権型道州制がよくわかる本』より)

「中央集権システムには限界が来ている」

なぜ東京やその隣接県だけが繁栄するのか。その根本的原因は、現在の日本が中央集権体制という統治形態をとっているからだ。

◆軍国主義国家が作った中央が地方を支配する体制

明治維新、日本は列強と伍していくために、日本の力を一つにまとめ、強固な中央集権体制を確立する必要があった。乏しい人やカネを一か所に集めて活用するために、政府は中央集権体制を敷いて、すべてのものを東京に集中させた。その極めつけは1938年に制定された「国家総動員法」だった。この軍国主義国家によって組み立てられた中央集権体制は、亡霊となっていまなお生き続け、今日の日本のあらゆる分野を徘徊し混乱、混迷、低迷を引き起こし、人々の生きがいと夢と楽しさを奪い取っている。

◆中央集権が日本を衰退させていく

敗戦、そして日本が独立を取り戻してからは、再び日本政府がその中央集権的なシステムを使って、国の再建を進めていく。政府が基幹産業や企業を育て、貿易の振興をはかり、生産物を海外に積極的に輸出する。それによって得られた富を政府が国民や各地方に分配する税財政システムをつくって、個人の所得や各地方の社会資本が平均化する社会を築いてきた。

中央集権システムは、日本の発展医貢献したと評価すべきだが、すでに国民生活を豊かにするという目的は実現された。国民の価値観が「豊かさ」という一元的なものから、多様化の時代になってくると、日本が一つの大企業のようになった一元的な統治システムは、次の社会的発展の障害となってしまう。もはや、中央集権は日本を繫栄発展させる「システムではなく、日本を衰退させる以外のなにものでもなくなった。

 

 

よりよき社会へ国のかたち改革 《12州制》関西州ねっとわーくの会

■12州構想ウイークリー(331)2022年11月19日

◆日本を衰退させない「新しい国のかたち」⓺

(江口克彦著『地域主権型道州制がよくわかる本』より)

「官僚機構は時代の変化についていけない」

◆官僚機構の効率の悪さがほうちされたまま

中央集権システムでは、霞が関にある中央官庁が、日本の社会・経済活動の多くを主導するから、その「司令塔」に近いところに、全国各地から情報を求めて企業や人が集まる。また、中央からコントロールがしやすいように、各産業に企業団体などを東京に集約させる政策をとることで、企業や人が集まり、仕事もカネも人も集中していった。交通インフラを整備すればするほど東京の情報だけが地方に流れていき、逆にストロー効果やスポンジ現象といわれるように、人、モノ、カネが東京に吸い取られていく。中央集権システムには、様々な弊害がある。例えば、官僚機構の効率低下だ。次代の変化についていけず、効率性を失っている。

◆規制と保護が競争を阻害している

政府による必要以上の「規制」や「保護」も中央集権のマイナス面だ。現在のようにボーダーレス化した経済社会では、規制や保護は企業の独創性を阻害するばかりではなく、市場における自由な競争と発展を抑制する。自由な競争がないことで、日本の企業や産業は競争力を弱め、同時に、消費者は競争によって生まれる優れた商品やサービスを享受できなくなっている。

◆既得権益を守ろうとする人たちが規制や保護にしがみつく

なぜ不要になった規制や保護が存在するのだろうか。それは官僚たちが、権威や権限はもちろん、それによって獲得した既得権益を守ろうとしているからだ。また、規制や保護によって利益を得てきた事業者や従業員も、それらを廃止することに抵抗する。そうした人々を支持者に持つ政治家も自分の政治基盤を維持することを優先し、規制緩和や保護廃止を断行できない。タテ割り行政、無駄な社会資本整備、規制や保護といった問題については歴代政権が取り組んできた。しかしながら、効果が上がらない。現在の国の中央集権的な統治制度そのものが継続される限り、改革の効果はおのずと限度が生じる。

 

よりよき社会へ国のかたち改革 《12州制》関西州ねっとわーくの会

■12州制構想ウイークリー(332)2022年11月26日

◆日本を衰退させない「新しい国のかたち」⑦

(江口克彦著『地域主権型道州制がよくわかる本』より)

中央集権システムが日本を破滅に向かわせる二つの理由

◆複雑・高速のグローバル時代に対応できない

中央集権的な体制では、複雑かつ高速化し、統合されつつある国際社会、とくに経済活動に対応できなくなっている。現在の国際社会は、国と国という関係だけではなく、異なった国の地域、国民同士が国境を越えて直接的に相互活動を行っており、中央集権的な制約はそうした活動の障害になっている。EUが経済発展を遂げたのは、加盟国内の経済的障壁をなくし、さらには通貨を統合するなど、域内に共通の産業・経済インフラを整備しながら、各国がそれぞれの特性を生かして、独自の経済戦略や経済政策を展開したからだ。アメリカは各州が独自な政策を展開し、それが民間企業の活動にダイナミズムをもたらした。

もし、日本の各地域が独自にそれぞれの特性を活かしながら、国際的な視野に立って独創的な政策や経済環境づくりができるようになれば、新たな経済活動のフロンティアが広がっていくのは間違いないであろう。

◆中央政府が肥大化し、財政を逼迫させている

日本を破滅に向かわせているもう一つの理由は、現在の中央集権的な体制によって、中央政府が肥大化し、財政を逼迫させていること。国が自治体をコントロールする制度は、国の仕事とそのための資金需要を増やすと同時に、負担と受益の関係を曖昧にする。国民は、納めた税金がどのように使われ、どんな行政サービスが行われているかわからなくなる。結果的に、効率の悪い公共料金や公共サービスを生み、国民の負担を増やす一方になってしまう。財政赤字は、これ以上増やすことはできない。そのためには「ニア・イズ・ベター」といわれるように、決定者と実行者、そして受益者と負担者の距離を近くすることが重要だ。

 

12州構想ウイークリー(320)~(328)

よりよき社会へ国のかたち改革 《12州制》関西州ねっとわーくの会

■12州構想ウイークリー(320)2022年9月3日

◆自治体再編で12州300市へ③

(読売新聞社『21世紀への構想・1997年』より)

中央と地方の財源配分

  • 州市制の導入に伴って、地方自治体は、住民が自らの選択で受益と負担の水準を決定する「自己責任」の財政運営を目指す。地方自治体は、国と並んで健全な財政の維持・運営に努めなければならない。
  • 地方税 ①地方自治体が自律的な行政を行えるよう、国から地方へ必要な税財源を移転する。②地方税法をはじめとする関係税法を、地方自治体の課税自主権を拡大する方向で改正する。③地方自治体は、この課税自主権の範囲内で、自ら財源の拡充などに努める。
  • 地方交付税交付金 ①地方交付税は、ナショナル。・ミニマ  ムが一定程度整備された現状や自治体の自己責任原則を踏まえて、必要最小限度にとどめる。 ②地方交付税には財政健全化や合併促進などにインセンティブの働く機能を付与する。
  • 国庫補助金等  国庫補助金は、大胆に整理合理化する。奨励的補助金は基本的に廃止する。
  • 地方債 300市の誕生にあわせて、地方債の許可制を廃止する。

条例制定範囲の拡大

 地方自治体は、必要かつ合理的な理由がある場合、法令の趣旨に反しない限り、自主的に条例を制定できるよう改める。

 

 

 

 

 

よりよき社会へ国のかたち改革 《12州制》関西州ねっとわーくの会

■12州構想ウイークリー(321)2022年9月10日

◆自治体再編で12州300市へ④

(読売新聞社『21世紀への構想・1997年』より)

読売新聞社は1996年に首相権限・内閣機能の強化と中央省庁を1府9省に統廃合することを内容とする改革案を提唱した。提言が目指したのは、強い指導力を有する内閣と、簡素で効率的かつ機動力に富む中央行政機構だが、機構をスリム化するためには、現在の中央省庁が抱え込んでいる膨大な権限を大幅に地方に移譲する必要がある。また、国を構成する地域の活性化が不可欠だ。

提言は、基本的に地域活性化の基準は、高度成長時代以来の「国土の均衡ある発展」から「地域の個性ある発展」へと転換すべきとの考え方に立っている。過去、「均衡ある発展」の概念に基づく開発行政が重視されてきたところから、中央省庁による調整権限の強化という方向をたどり、現在の地方自治の危機的状況につながった。各分野におけるナショナル・ミニマムがほぼ達成された現在、地方は、従来の経済指標的、土木インフラ的な基準の重視から脱して、独自の「住み心地」を発展させるべきだ。

憲法にいう地方自治の本旨は、地方自治体、地域住民の「自己責任」原則と一体のはずだ。そのためには、地方が自己責任をとりうる自治条件を整える必要がある。現在の中央・地方構造下では、中央による過度の「調整」「関与」が、地方自治体の自主性を制約するとともに、地方の依存心を増し、住民の自治意識を形骸化させている。中央から地方への可能な限りの権限、財源を移転すれば、その権限。財源に伴う自己責任が生じる。自己責任原則が明確化すれば、無原則な財政たれ流しへの自己抑制力も働くことになろう。

 

 

 

 

 

 

よりよき社会へ国のかたち改革 《12州制》関西州ねっとわーくの会

■12州構想ウイークリー(322)2022年9月17日

◆自治体再編で12州300市へ⑤

(読売新聞社『21世紀への構想・1997年』より)

 今回の提言では、これらの構想・試算を総合し、合併目標を示す象徴的な目安として、「300市」という数字を掲げた。もちろん合併・統合の推進に当たっては、地域の一体性、生活圏の実情、歴史的背景などには十分に配慮すべきである。

 国、都道府県から「300市」への権限、財源の移譲を進めていけば、都道府県の役割も変わってこざるを得ない。現行都道府県制は、統合・拡大された基礎的自治体間の調整を主な役割とする。より広域的な行政単位としての「道州」あるいは「州」として広域行政単位に再編する区分の仕方については、第4次地方制度調査会答申(1957年)以来の様々な議論がある。この提言の再編区分は、現行衆院選挙制度の11比例ブロック単位に準拠した。

 比例代表ブロックの区分が論議された当時、すでに、将来の道州制移行を前提とする線引きであるべきだ、との議論があった経緯をも踏まえたものである。ただし、このうち、近畿ブロックについては、大阪府を分離し、「12州」とした。

<12州案>北海(北海道)、東北(青森・岩手・宮城・秋田・山形・福島)、北関東(茨木・栃木・群馬・埼玉)、東京(東京都)、南関東(千葉・神奈川・山梨)、北陸信越(新潟・富山・石川・福井・長野)、東海(岐阜・静岡・愛知・三重)

大阪(大阪府)、近畿(滋賀・京都・兵庫・奈良・和歌山)、中国(鳥取・島根・岡山・広島・山口)、四国(徳島・香川・愛媛・高知)、九州(福岡・佐賀・長崎・熊本・大分・宮崎・鹿児島・沖縄)

 

 

 

 

 

よりよき社会へ国のかたち改革 《12州制》関西州ねっとわーくの会

■12州構想ウイークリー(323)2022年9月24日

◆自治体再編で12州300市へ⑥

(読売新聞社『21世紀への構想・1997年』より)

 新しいシステムは、国、地方ができる限り分業に努め、機能や権限を分担する形が望ましい。内政面の役割を縮小することによって国は、国際化への対応等、本来の仕事に重点的に取り組めるよう、体制を充実強化することができる。また、国の役割を整理、合理化することで、「簡潔で効率的な政府」となる。

 現在の国―都道府県―市町村間の上意下達の行政構造の下では、市町村には政策実施の裁量や権限がほとんど認められていない。補助金獲得の申請事務や陳情に多くの職員や時間を労し、国全体で膨大な無駄を生んでいる。

 基礎自治体として権限、財源移譲の「受け皿」となった「市」に一番近い生活関連行政の主体として、住民生活の基本的な行政サービスの提供を行うが、地域の実情に応じた独自のまちづくりや行政を担当する権限を持ち、行政や地域そのものが活性化する。また、市町村の統合によって職員や運営費のロスが減少、効率化を図ることができる一方で、同じような施設が乱立するという無駄が解消されるであろう。

 行政の効率化は、専門的知識や高度な技術を持った人材の確保につながり、企画立案能力が向上するとともに、施設の利用や福祉、保健業務、文化面でより高度なサービスも期待できる。

 自治体の主体はあくまでも、基礎自治体である「市」である。州はいわゆる「連邦制」は想定していない。州は「市」単独では行うことのできない業務や。広域での実施の方が効率的な分野のみを担当、調整機能を果たす。

 

 

 

 

 

 

よりよき社会へ国のかたち改革 《12州制》関西州ねっとわーくの会

■12州構想ウイークリー(324)2022年10月1日

◆自治体再編で12州300市へ⑦

(読売新聞社『21世紀への構想・1997年』より)

 現在、国税と地方税の税収比率はおおむね6対4となっているが、歳出ベースでの国と地方の比率はおおむね4対6であり、その間の財政調整を地方交付税、国庫補助金などで行っている。州市制を導入するにあたっては、地方自治体の自主財源を充実させて、各自治体が自らの責任と判断で多様な行政を展開できるようにする必要がある。同時にそれは、情報公開の促進とあわせて住民にサービスと負担の関係を目に見える形で提示し、コスト意識を高めて、自治体の歳出膨張に歯止めをかけることにもなる。

 自主財源の充実のためには、中央と地方の事務配分に見合った税源を国から地方へ移転しなければならない。改革に当たって例えば地方でも担税力がある消費税を中心とした間接税を地方の基幹税源にする、もしくは所得税の相当部分を地方財源に振り替えるなど、思い切った税目の入れ替えなどが考えられよう。

 一方、地方自治体も財源が中央から降りてくるのを漫然と待つのではなく、自らの徴税努力で各地域からの税収を増やす努力を求められる。そのためには、国は、地方税法などの関連法令を見直し、税率や課税対象を制限する課税統制を緩和して、法定普通税や超過税率の適用を弾力化するなどの措置を取らなければならない。ただし、地方自治体の課税自主権、税率決定権は、あくまでも法律が定める一定の範囲内で行使される租税法律主義の原則を守る必要がある。極端に高い税率や、財源の裏付けのない人気取りのための減税などは、認められるべきでない。

 地方交付税交付金の役割には、地方自治体間の財政格差を平準化する調整機能と、各自治体の財源不足を国が産める保障機能の二つがある。ナショナル。ミニマムがある程度達成された現在、この保障機能は縮減し、地方交付税の総額を大幅に抑制すべきである。

 

 

 

よりよき社会へ国のかたち改革 《12州制》関西州ねっとわーくの会

■12州構想ウイークリー(325)2022年10月8日

◆自治体再編で12州300市へ⑧

(読売新聞社『21世紀への構想・1997年』より)

〇条例制定範囲の拡大

国から地方へ権限、財源の移譲が進むのに伴い、条例制定の必要性は一段と高まることが予想される。すでに、学説、判例で条例制定権の解釈は拡大し、自治体が独自の条例をつくるケースも増えている。しかし、憲法の「法律の範囲内」、地方自治体の「法令に違反しない限り」の解釈をめぐり、訴訟も絶えないのが現状だ。

 条例は自治体が地域の行政を自主的に責任をもって進めるため制定されるものである。その条例制定がスムーズに行われ、円滑に運営されて、地方分権の効果をあげていくには、国の法令による制約を緩和することが肝要だ。

 例えば、大気汚染防止法、水質汚濁防止法には、「条例で規定を設けることを妨げない」とする、いわゆる上乗せ、横出し規制を許容した規定がある。さらに、趣旨、目的、対象において合理的な理由があれば、条例制定が可能とする学説、判例もある。

 94年の読売憲法改正試案では、こうした趣旨を法律的に明確化するため、憲法の「法律の範囲内」を「法律の趣旨の範囲内」とするよう提言している。地方自治法もより一般的に条例制定権を拡大する必要がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

よりよき社会へ国のかたち改革 《12州制》関西州ねっとわーくの会

■12州構想ウイークリー(326)2022年10月15日

◆日本を衰退させない「新しい国のかたち」①

(江口克彦著『地域主権型道州制がよくわかる本』より)

いまなぜ「地域主権型道州制なのか」

  • 現在の行政単位は狭すぎる● 国民の生活圏が拡大した現代では、徒歩や馬での移動を前提につくられた市町村や都道府県という行政単位は狭すぎる。同時に、広域な行政課題も増えてきている。環境、廃棄物処理、広域消防、救急病院などの問題は。現在の市町村、あるいは都道府県の領域ではなく、さらに大きな地域に入れなければ解決できない。
  • 人口減少時代の到来● 人口減少時代の到来も「地域主権型道州制」を求める理由になっている。このまま人口が減少していけば、多くの自治体で住民に十分な行政サービスを提供できなくなってしまう。人口の減少は中央集権的な国の在り方が東京一極集中を引き起こして、東京が人口を吸収していることに大きな原因がある。
  • 中央集権が無駄と墜落を生んだ● 中央集権は、ムダと墜落を生む元凶でもある。国が全国画一的に地域政策の基準を決め、運用の細部まで地方に指示し実施させてきたことが、ニーズに合わない社会資本の整備など多くの無駄を生んできた。中央集権のシステムは、地方の個性的な発展を阻害するとともに、財政の肥大化を招いて債務を拡大させてしまった。
  • 国際社会で競争に敗れてしまう● 東京圏・首都圏でなく、全国いたるところが繁栄するようにしなければ、日本はグローバル化が深化する今後の国際社会のなかで競争に敗れてしまい、近い将来、経済的にも二流国、いや三流国になってしまう可能性がある。世界と競争していくためには、日本の各地に少なくとも十数か所の繁栄の拠点をつくっていかなければならない。

 こうした問題を解決するには、都道府県よりも規模が大きく強い財政基盤のある広域自治体、すなわち道州をつくって、そこに国全体にかかわる政策領域以外の権限と税財源を完全に移譲し、地域のことは地域の判断と責任で行うようにする必要がある。

 

 

よりよき社会へ国のかたち改革 《12州制》関西州ねっとわーくの会

■12州構想ウイークリー(327)2022年10月22日

◆日本を衰退させない「新しい国のかたち」②

(江口克彦著『地域主権型道州制がよくわかる本』より)

「地域主権型道州制」の7つの意義

  • 日本全体を元気にすること● 明治以来の中央集権システムは、今日の流れに合わなくなり、体制疲労を超し、戦後最大の危機に陥っている。日本を活性化するためには、このシステムを大改造しなければならない。
  • 中央集権の打破● 中央集権体制によって、日本では東京、首都圏だけしか発展せず、他の全国の、あらゆるところが貧にあえいでいる。
  • 官僚主義の廃止● 官僚主義によって、日本の政治行政は、規制万能、責任回避、秘密主義、画一主義、権威主義、自己保身、前例主義、セクショナリズムに陥り、国家と国民を不幸にし始めている。
  • 生きがい、やりがいを感じる日本をつくる● 国民の生活は、中央集権体制によって画一化され、強制され、個性を奪われ、自由を阻害されている。
  • 国際都市、国際交流の拠点を多数つくる● グローバル化の時代に向けて国際都市、国際交流の拠点を多数つくっていく。
  • 地域個性を生み出し、特徴のある地域を創る● 日本はどこでも同じ、画一的で面白みがなかった。地域がそれぞれの特徴を発揮できるようにする。
  • 財政赤字の解消● 「地域主権型道州制」が日本の体制になれば、結果として財政赤字が自然に解消される。

 

 

 

 

 

よりよき社会へ国のかたち改革 《12州制》関西州ねっとわーくの会

■12州構想ウイークリー(328)2022年10月29日

◆日本を衰退させない「新しい国のかたち」③

(江口克彦著『地域主権型道州制がよくわかる本』より)

「地域主権型道州制」4つの原則

  • 第一原則「行政に市場メカニズム設定」●これまでは国が自治体の活動に対して様々なかたちで制約をかけてきた。これからは、道州同士、基礎自治体同士が自分たちの創意と工夫でよりよい地域社会を創るために競争ができる環境をつくらねばならない。競争によってこそ、日本全体の行政も経済もより効率的かつ効果的なものに発展していく。また、政策の立案・実施・評価の全てのプロセスにおいて,官と官,官と民、民と民で競争できるようにすることも重要。
  • 第2原則「顧客主義の徹底」●政治や行政は国民・住民のためにある。政治や行政にとって、国民・住民は「顧客」であり、そのニーズに応えることこそが政治と行政に与えられた本来の宿命である。これまでの行政は、法規に忠実であろうとするあまり、社会の変化に対して保守的になり、顧客である国民・住民のニーズに柔軟に対応ができなくなっていた。さらに、予算や人事などの経営資源の活用や政策を実施する段階でも、マネジメントに柔軟性がなくなり、生産性を低めている。
  • 第3原則「国民・住民参加の強化」●現在は、官僚エリートが情報を独占して政策を企画・立案するなど、政策決定プロセスを支配している。国民、政治、行政によるパートナーシップを深めることが重要だ。政策決定プロセスへの住民参加が積極的に行われる仕組みをつくっていかなければならない。
  • 第4原則「ネットワーク型組織の構築」●日本の公的な組織は、権限を上部組織に集中させ、そこで下された決定を下部組織に命令伝達するというタテ型の構造で運営されている。こうしたピラミッド型の統治機構は、分業によって企画大量生産を行う工業化の時代には有効な働きを見せた。しかし、情報化の時代、価値観多様化の時代、迅速で柔軟な意思決定が求めらる時代においては、うまく機能しない。変化はつねに現場で起きているのであり、ピラミッドの上部にいる官僚は、現場と離れ過ぎていて、その変化に柔軟に対応できない。情報が共有できる柔軟かつ迅速に意思決定ができるフラットなネットワーク型の統治構造に変えていく必要がある。

 

 

道州制ウイークリー(273)~(276)

《道州制》関西州ねっとわーくの会

■道州制ウイークリー(273)2021年10月9日

◆一極集中から分権広域州制度へ⑫

(佐々木信夫『いまこそ脱東京!』より)

州の性格付けとしては、憲法改正をせず、府県に代えて、都道府県の統合と国の出先機関を包括し、国から行政権限を委譲することで、権限の大きな広域自治体としての「州」を内政の拠点ととする地方主権型州制度が望ましい。

 国の役割と州の役割については、国の各省庁の地方出先機関の大半と都道府県の事務の一部を移管する方法で、国の本省から権限移譲される事務として、国道・一級河川の管理、保安林の指定、大気汚染防止対策、地域産業政策、自動車登録検査、職業紹介、危険物規制なども加えなければならない。

 事務権限の委譲もさることながら、より重要なことは州への立法権の移譲である。立法権の移譲は政策・制度の企画立案権の移譲といってもよい。その方法として、国庫補助負担金とこれに付随する補助要綱・補助金要領等をできる限り廃止する。法令を大綱化・大枠化し細目は州または市町村の条例に委ねることが大事である。

 

 

 

 

《道州制》関西州ねっとわーくの会

■道州制ウイークリー(274)2021年10月16日

◆一極集中から分権広域州制度へ⑬

(佐々木信夫『いまこそ脱東京!』より)

 州制度設計上の論点として、地域間格差是正の方式をどうするかについては、税源配分は国税、州税、市町村税と仕事量に応じて集める仕組みを大原則とする。ただ、州間格差を是正する方式として共有税(ないし共同財源)をつくる。これは現行の地方交付税の役割に似たものだが、それぞれの州の持ち合い財源という性格のもので、国が配るという仕組みを意味しない。

 それぞれの州には「州都」ができる。日本を州制度に代えると「州都一極集中」が起こると反対する人がいる。国全体が「東京一極集中」でまさにモノセンリックなのに対して、10州程度の州ごとの中心都市ができることの方が、大きくは多数の都市が一定の機能、能力を持ち、それがネットワークで結ばれるポリセントリックだ。すでにある政令市、中核市、特別区など100近い都市制度適用地域がそれぞれ中心性をもっており、仮にそのどこが州都に定めたから直ちに州都一極集中になるとは考えにくい。日本が人口規模も拡大し新たな都市がどんどんできていく高度成長期ならともかく、その逆の動きにある。これからはむしろ既存の大都市を州都とし、その機能を活かしながらそれと各州の中小都市をうまくネットワーク化する方がよいのではないか。州制度になると、役所が遠くなるという批判がある。物理的に遠くなる可能性は否定できないが、州になったからと言って、行政サービスに関し州役所が遠くなるということはあるまい。必要なサービスは州の出先機関を通じて行われることになる。

 

《道州制》関西州ねっとわーくの会

■道州制ウイークリー(275)2021年10月23日

◆一極集中から分権広域州制度へ⑭

(佐々木信夫『いまこそ脱東京!』より)

州制度の実現可能な移行シナリオについて、堺屋太一氏は独自のシナリオを提示している。(『団塊の後――三度目の日本』)

まず、直ちに都道府県を廃止して州制度に移行するのではなく、3~5年は各都道府県を従来通りに存続させ、議会も存続させながら移行する考え方だ。当面、「州」ごとに、「知事会」を結成し、州で行うべき広域行政はその「知事会」で共通条例の制定や州重点産業、州共通事業を決め、予算・金融財政上の調整を行う。「州議会」には常設の事務局を置き、国と所属府県の職員の一部を移籍させる。知事会の会長は当面、所属知事の互選とするが、一定期間(たとえば5年)を過ぎたら、各州の有権者が直接選挙で「州知事」を選ぶようにする。

 また都道府県議会についても当分の間、従来通り残す。ただ、早期(例えば3年以内)に住民の直接選挙で「州議員」を選び、州議会を設けるようにする。それまでの間は、各府県議会が概ね人口10万人に1人程度の「臨時州議員」を選出し、臨時州議会において州の予算や決算、州条例、主要なプロジェクトなどの業務を行うようにする。これらのルールをあらかじめ法律(州制度移行基本法)で決めておく。まずバーチャルで大くくりの広域州をつくり州政府の体制を固める。5年経ったら全面的に州制度への移行を完了するシナリオである。

《道州制》関西州ねっとわーくの会

■道州制ウイークリー(276)2021年10月30日

◆一極集中から分権広域州制度へ⑮

(佐々木信夫『いまこそ脱東京!』より)

日本では自治体の7割近くが人口5万人以下の自治体が占めている。居住人口は2割にとどまるが、面積では圧倒的に広範囲を占める。こうした人口比のねじれ現象が、我が国の地域づくりを考える際の難しさである。かつて州構想を進めると小規模市町村には不利だと反対運動があった。しかしそれは大きな誤解ではなかろうか。こま切れの府県制度の下では、確かにこまごまと支援は行われているが、地域全体の稼ぐ力が出ない。州構想の実現で稼ぐ力を強め、その果実が多くの市町村に行き渡る仕組み、それが州構想であって決して小規模市町村を切り捨てる話ではない。

 我が国では地方創生、地方の活性化が叫ばれて久しい。しかし、なかなかか過疎化が止まらず限界集落が増え続ける実態がある。安倍政権での地方創生は集権的な地方創生の考えが強く、補助金、交付金の割り増しで国が地方を引っ張り上げるかのような施策が並んだ。そうではなく、地方の内発力をどう高めるか、分権型の地方創生でなければならない。国の地方創生本部はあの手この手で地方を引っ張り上げようと躍起だが、地域の内発的な力を引き出す発想に乏しい集権型地方創生ではうまくいくまい。肝心の自治体にも地方創生は「自ら稼げるまちを創り上げること」だという発想への切り替えまでいっていない。 

道州制ウイークリー(264)~(271)

■道州制ウイークリー(264)2021年8月7日

◆一極集中から分権広域州制度へ④

(佐々木信夫『いまこそ脱東京!』より)

 2000年に分権改革が行われた。しかし「未完のまま」放置されている。このところ、改革のエネルギーは萎え、地方創生も集権化のなかにある。枕詞として地方分権を唱えるが、それは総論として言っているだけ。各論となると官僚と手を組んで抵抗勢力に回る与党議員も少なくない。しかし世界で、高度産業国家、民主化の進んだ先進国で中央集権の国はない。もっとも地方分権を進めても、地方にできない領域はある。外交や防衛、危機管理、司法、金融、通貨管理、景気対策、国土形成、さらに福祉や医療、教育、文化、農政、インフラ整備など政策の骨格をつくる役割がそれであり、国家経営の観点から国が主導することが望ましい。ただ、国が地方に仕事を義務付け、すべての政策領域に微に入り細に入り関与するやり方は、自治体の政策能力が乏しかった時代の産物だ。

 日本の自治体は、裁量的な政策環境が整えば自立可能なところが多い。この先の主な改革課題を挙げると、①地方税財源の充実・確保、新たな地方財政秩序の再構築、②法令による義務付け、枠づけの縮減・廃止、法令による規律密度の緩和、③事務権限の移譲.④広域化をにらんだ地方自治制度の再編成、⑤住民自治の拡充、⑥地方自治法の廃止、地方自治基本法の制定などだ。地方自治を営む基盤は大きく変わっている。府県制度の大胆な見直しを含め、令和の時代は地方主権を目指す改革を進めるべきだ。究極の分権国家の姿、ゴールは、約10州の地方政府(州政府)がそれぞれ内政の拠点として自己決定、自己責任、自己負担の原則で地方自治を営む姿であろう。

 

■道州制ウイークリー(265)2021年8月14日

◆一極集中から分権広域州制度へ⑤

(佐々木信夫『いまこそ脱東京!』より)

 東京一極集中を解消し分散化を図る、地域のことは地域で決める地方分権国家の究極の姿、大きく膨らんだ国・地方の財政の無駄排除、130年前からの狭域化した都道府県を広域政策のできる広域自治体に変える―――これらを総合的、俯瞰的に実現するには日本を「州制度」の国に変える。それが切り札だ。

 いまや生活圏、経済圏は交通・情報・通信手段の飛躍的発達で大きく広がっているにも関わらず、新型コロナウイルスの大流行においては、あたかも各県が鎖国のように県内目線で、「わが県に来ないでください」「わが県を出ないでください」と叫ばざるを得なかった。国は都道府県制度を足場に知事を手足のように使った。また「国の指示待ち」知事の姿もあった。

 その時代にふさわしい「国のかたち」を設計する。それが政治の基本的な役割だ。時代は大きく変わった。本格的な人口減少時代を迎えた日本をどうするか、「新たな国づくり」を本格的に議論すべき時期に来ている。いまの統治機構「国―都道府県―市町村」の三層制とそれに連なる膨大な出先機関等をそのままにする限り、この先、何度増税を繰り返しても1300兆円を超える財政赤字は消えない。日本の国・地方の歳出合計は170兆円を超える方向にある。歳出の約半分は交際費、人件費、管理費など統治機構を維持するための間接経費に消えている。明治23年以来ほとんど無傷できた47都道府県体制は抜本から見直さなければならない。 

 

■道州制ウイークリー(266)2021年8月21日

◆一極集中から分権広域州制度へ⑥

(佐々木信夫『いまこそ脱東京!』より)

 この先、人口が減り、都道府県の中でも人口が100万人に届かない県が続出する。国立社会保障・人口問題研究所の2045年予測によると、現在100万人以下の件は、香川、和歌山、佐賀、福井、山梨、徳島、島根、高知、鳥取の9県だが、25年後はこれに奈良、長崎、石川、大分、岩手、宮崎、青森、富山、山形、秋田の10件が加わるという。この予想より人口減少が進むと、47都道府県の半数近くが100万人以下になるかもしれない。一方、100万人規模の政令市などの大都市が20近く存在する。こうした広域自治体と基礎自治体が逆転する現象の続出は地方制度を根幹から揺るがす。130年前につくられた47の府県割りは、広域化した現代に合っていない。

 47都道府県は狭域化しているにもかかわらず、行政の活動はあたかもそれぞれが一つの国であるかのようなフルセット行政にいそしむ。横並び意識のフルセット行政の蔓延が、日本全体の財政を悪化させ、不要なハコモノを増やし、行政を非効率化している。今回のコロナ対策で、一度目の緊急事態宣言解除の場面になって、ようやく国は「京阪神」「首都圏」という言い方で広域圏を対象にした判断を求めた。もはや県単位では対応しても限界に近い。広域圏連携を強める制度措置が不可欠との認識からだ。

 そう遠くない将来、10州程度にくくり直し、そこを内政の拠点にする「州制度」への移行は不可欠だろう。まず広域圏で連合議会をつくり、連合代表を知事から選んでグレーター広域連合を特別地方公共団体として法制化し、徐々に国の出先機関も権限も吸収し、広域圏がバーチャル州のような動きになる制度措置がいるかもしれない。

                《道州制》関西州ねっとわーくの会

■道州制ウイークリー(267)2021年8月28日

◆一極集中から分権広域州制度へ⑦

(佐々木信夫『いまこそ脱東京!』より)

 県内に政令市を抱える県庁は、その政令市と張り合い、人口減で行政需要が大幅に減るにもかかわらず、同じモノ、同じようなサービスを創り続ける。統治の仕組みが二重、三重行政の無駄を生んでいる。都道府県は2000年の分権改革で各省の機関委任事務を大量に処理する役割もなくなり空洞化している。私たちの日常は、経済も生活も県境にかかわりなく広いフィールドで行われている。地方自治のエリアは実際都市と行政都市が一致していることが原則、だが、現在の47都道府県体制はそこから大きくズレ、社会の広域化が進む一方で各府県域は狭域化している。47都道府県という旧体制を解体再編し、広域圏を単位に約10の州をつくり、日常生活に合った広域圏行政の仕組みを作るべきだ。それが道州制だ.。ただ、筆者は、それを大都市・中都市をベースとする新たな「州構想」と呼ぶ。

 州構想移行に積極的な論者は次のようなメリットを挙げる。①行財政基盤を強化する(県庁職員、国の出先機関職員の大幅削減ができる)②行政サービスが向上する(フルセット行政の回避、スケールメリットが働く)③魅力ある地域圏、都市圏が形成できる(特色ある地域圏による都市間競争が成立)④経済生活圏と行政圏を一致させる(府県廃止、地方政府の一元化で広域戦略が可能)⑤大都市圏の一体的運営で経済活力も向上できる(首都圏はイギリス並みの力)。

 

 

                《道州制》関西州ねっとわーくの会

■道州制ウイークリー(268)2021年9月4日

◆一極集中から分権広域州制度へ⑦

(佐々木信夫『いまこそ脱東京!』より)

 州構想のメリットとされる、①地域圏の一体的整備、②魅力ある広域圏の形成、③行財政基盤の強化、という話は地方自治でいう「団体自治」を重視する立場からの主張だ。他方、デメリットとされる、①住民の声が届かなくなる、②府県で育まれた文化を喪失、③勝ち組、負け組がはっきりし、州内でも州都から遠い地域は地盤沈下する、という話は、「住民自治」を重視する立場からの主張といえよう。間違いなく、広域化に伴いスケールメリットは働く。広域政策、広域業務を州政府に任せる一方で、旧府県や一定規模の市を生かしながら「住民自治」を充実させる方策を講じたらどうか。州制度問題は新たな行政制度をどう創設するかという制度設計の問題であるが、同時に地方が抱える構造的な集権体制をどう解体するかという改革手段の問題でもある。「州構想」は日本再構築の切り札である。

 この州構想改革で、これまで47都道府県制度で巣食ってきた無駄な財政だけでも20兆円近く排除できる。消費税10%分カットできるとみる。日本はこの十数年、中央集権に代え地方分権体制が望ましいとし、様々な制度改革を進めてきた。2000年に47本の法律を一括改正した「地方分権一括法」の施行は、その意思の表れだ。分権国家の究極の姿は「道州制」だとし、それに向けた改革構想も練ってきた。15年前の第一次安倍政権は道州制担当大臣を置き、道州制ビジョン懇談会は2018年までに道州制へ完全移行すべきと提言し、法整備を求めた。自民党は「道州制推進基本法」をまとめたが、国会提出を見送った。その後は、鳴かず飛ばずとなっている。

                《道州制》関西州ねっとわーくの会

■道州制ウイークリー(269)2021年9月11日

◆一極集中から分権広域州制度へ⑧

(佐々木信夫『いまこそ脱東京!』より)

 世の中の事態はより深刻な方向に進んでいる。人口減少は加速し、累積債務は1300兆円に達し、市町村の半数以上が人口半減などの危機にある。現在の細切れンフルセット体制と、国民から遠い中央政府がセンターとして仕切る中央集権体制はどう見ても時代に合わない。その改革方向は州構想への移行にある。日本全体を約10の広域州とし、各州政府が内政の拠点となるよう大胆に分権化する。身近なところで税が集められ、使われていく。結果としてムダは省かれ人口・企業の地方分散は進み、日本全体の元気を取り戻すことになる。

 日本は既に州制度移行の素地は相当できている。20政令市、60中核市をそれぞれ政令市⇒特別視、中核市⇒政令市に格上げし、この都市自治体にほとんどの府県業務を移管する。そのうえで内政(厚労省、国交省、文科省など)に関わる国の本省業務、ブロック機関の業務、残存する都道府県の業務を融合するかたちで「州」政府を創設し、内政の拠点とするなら州構想は実現できる。

 よく都道府県がなくなるのは心配だという。しかし、それは行政区分上の話であって地域がなくなる訳ではない。州構想が実現しても、日常生活に定着している都道府県名は地名として残るし、甲子園の都道府県対抗高校野球も残る。生活上なんの支障もない。日本はこれ以上の東京一極集中も地方過疎の進行も望まない。次代を見据えた賢い統治システムを生み、人口減少時代でも元気な日本を目指す時だ。

 

                《道州制》関西州ねっとわーくの会

■道州制ウイークリー(270)2021年9月18日

◆一極集中から分権広域州制度へ⑨

(佐々木信夫『いまこそ脱東京!』より)

 日本を広域圏に見合った州制度に変える理由は大きく三点ある。一つ目は、人口減少の右肩下がり時代に応じて国、地方の政府機構を賢くたたむためだ。二つ目は、地方分権を進め地方主権の国を創るためだ。都道府県を廃止し、市町村も必要なところは再編する。政令市、中核市、特別区などの都市制度を強化充実し、そこへの権限、財源を府県から移したうえで、国からは内政の権限、財源を各州に移し、内政の拠点とするのである。三つ目は、財政再建、健全化のためだ。幾重にも重なる国、地方の行政機関を賢くシンプルにたたみ、国民の税負担をこれ以上増やさない前提で行財政の仕組みを再構築する。

 「州構想」の実現で、各州は国から移された財源を立法権、行政圏、一部司法権をフルに使い地域的に自立を始める。内政の拠点となる各州は広域政策の主体として、道路・空港・港湾など広域インフラの整備、科学技術の振興、州立大学などの高等教育、域内経済や産業の振興、海外都市との交易、文化交流・雇用政策、州内の治安、危機管理、環境保全、医療保険など社会保障サービスを担当する。政策減税で企業を呼び込むことも可能になる。日本が一極ではなく、10極の多極分散型の国に変わる。

 道州制(州構想)は30年前の国鉄改革に似ているとみてもよい。日本の中に自らの意思と知恵による地域間競争が起こる。海外との交易も窓口は国(外務省等)ではなく、各州に移る。そのことでグローバリゼーションへの対応も十分可能となる。

                《道州制》関西州ねっとわーくの会

■道州制ウイークリー(271)2021年9月25日

◆一極集中から分権広域州制度へ⑩

(佐々木信夫『いまこそ脱東京!』より)

 州制度移行のメリットはどのようなものか。州制度移行を単に行政改革の面だけでとらえるのは間違いである。民間活動を府県単位に縛り付けているくびきを外し、より経済活動にダイナミズムを生み出す。日本を東京一極集中ではなく多極分散の国にかえていこというものだ。日本を元気にすることだ。具体的に州制度のメリットを示すと大きく次の三点となろう。

 第一は、政治システムを変えること。多元化、多様化したニーズに応えるには、遠い政府の判断を待つまでもなく、身近な政府が意思決定する時代だ。身近な市町村を第一の政府に据え、補完性の原理および近接性の原理に基づいて行政を行う。政治や行政が身近なものになり、公共サービスの受益と負担が明確になる。住民参加による政策決定が可能となり、政策決定の透明性が増す。

 第二は、日本全体の経済の活性化につながること。各州圏域が自立的で活力ある競争的発展の可能な国土構造に変え、国際競争力を高めていく。国と地方の事務配分を抜本的に見直し、税財政の仕組みを変える。一定規模と権限を持つ州による広域圏経済で、広域の経済文化圏が形成され、相互に切磋琢磨によるダイナミズムが生まれる。

第三は、無駄の排除だ。国と地方を通じ簡素で効率的な統治システムに変えていくこと。州政府が企画立案から管理執行まで一貫してその役割を果たせる。日本再生はこうした統治機構の大改革からしか生まれない。

道州制ウイークリー(255)=(258)

■道州制ウイークリー(255)2021年6月5日

◆地域衰退をどう食い止めるか③(宮崎雅人『地域衰退』より)

◇分権・分散型国家をつくる

 地域衰退を食い止める手段として、改めて、東京一極集中の是正を挙げておきたい。かつて「国土の均衡ある発展」が目指され、全総をはじめとして多くの政策が展開されてきたが、その間も東京一極集中は是正されなかった。近年では小泉政権以降進められるようになった都市再生策によって都心回帰が進み、東京一極集中はむしろ加速した。「東京は日本経済の成長エンジン」という言説がまかり通った。

 しかし、新型コロナウイルスの感染拡大によって、東京一極集中はリスクが高いことが明らかになった。今後、このような未知の感染症の流行が繰り返される限り、東京の雇用吸収力は以前ほど大きくならないと考えられる。日本全体として東京の経済を拡大することによって雇用を拡大するというやり方は今や持続不可能になったといえる。

 こうした変化を踏まえれば、国から地方への地方分権と、人々の地方分散を推し進め、東京一極集中を是正することは、各自治体の実情を踏まえた形で未知の感染症の拡大を防ぎ、地域衰退を食い止めるだけでなく、日本経済の持続的成長のためにも必要不可欠であることがわかる。地域、さらには日本の衰退を食い止めるためにも、東京などの大都市以外の地域に雇用を生み出す多様な産業を一刻も早く興す必要がある。地方に新たな産業を興し、仕事を作り出すことは、中小都市や農山村の人々のためにだけに必要なのではない。東京などの大都市に存在する人や企業にも選択肢を与えることになるのである。終わりの見えない「コロナ禍」によって、大都市にこだわる理由がなくなりつつあるのではないか。

■道州制ウイークリー(256)2021年6月12日

◆日本再生のカギは30万都市経済圏①

(冨山和彦・田原総一郎『新L型経済』より)

◇日本経済を支えるL型(地域密着)企業

 多くの先進国もそして日本も、GDPのうちグローバル企業(G)
が稼いでいるのは、3割程度で、残りの7割を占める諸々の産業群こそが現代の基幹産業であり、その多くは地域密着型(L=ローカル)
の中堅、中小企業、ローカルサービス群が生み出しているものです。日本の労働人口の8割は中小企業の従業員、もしくは非正規であり、グローバルに名を轟かせる大企業の正社員は2割程度しかいません。ローカル中小企業の多くは、都市部の同業種に比べて生産性が低いところも少なくありません。グローバルで商売をしている大企業の収益を現在の状況から大きく積み上げていくのはそう簡単ではありませんが、ローカル経済を担う中小企業の経済力を高めることは決して難しいことではなく、かつ大きな伸び代が見込めます。そこに東京一極集中という問題を解決する鍵もあります。

 コロナ後の未来像を先取りして考えるのであれば、まずもって日本の産業社会構造をどう描くかということです。日本社会のIT化はかなり遅れをとっていたことが明らかになりました。その改革は進めないといけないのは間違いありませんが、今の日本のGDPには直接寄与しません。日本の大企業の競争力強化には多少恩恵があるかもしれませんが、日本全体の経済成長にはあまりつながらないでしょう。

問題はデジタル化の良い部分をどう中小企業や中堅企業に還元して、産業構造を組み換え、生産性を上げていくかにあって、単にITシステムを組み上げればいいという問題ではない。

■道州制ウイークリー(257)2021年6月19日

◆日本再生のカギは30万都市経済圏②

(冨山和彦・田原総一郎『新L型経済』より)

◇復興を妨げる補助金漬け、過剰債務

 緊急事態宣言下で日本政府が打ち出した経済政策というのは当面のキャッシュを確保させるために中小企業向けに緊急融資枠の拡大、それに雇用調整助成金の補助率の変更、補助金要件の緩和、108兆円規模の緊急経済対策の策定と矢継ぎ早に対策を打ちました。これは非常に良かった。

 当初想定されていた最悪のシナリオ、すなわち緊急事態宣言下で連続的に倒産が続くというケースは何とか避けることはできましたが、大事なのは、ここからです。緊急避難的な政策は緊急時にしか効果はなく、次のポイントは本格復興のスキームをどう描くかにあります。パンデミックが収まった後に、今度は復興モードにスイッチを切り替えないといけないのですが、いま出している融資や補助金の副作用で復興を妨げる危険性がある。

 これには二つの妨げがあって、一つは補助金頼みで延命した企業は常に補助金がないと食えないビジネスモデルを作ってしまいがちになることです。補助金が経営の前提になってしまい、補助金がないと続けられない状態になってしまう。もう一つ、最も深刻なのは多くの企業がお金を借り増していることです。中には過剰債務になる企業も出てきます。借金が多い企業に対し銀行が新しい融資をするメリットはなく、融資がなければイノベーションも起きない、結果的には経済は停滞し、バブル崩壊後に起きた問題が新しい形で再生産されます。。

 

■道州制ウイークリー(258)2021年6月26日

◆日本再生のカギは30万都市経済圏③

(冨山和彦・田原総一郎『新L型経済』より)

◇まず30万人都市を再生させよ

 国内で大きなGDPや大量の中産階級雇用を生むという意味では、G型(グローバル)企業が今後大きな成長をすることは難しいでしょう。目を向けるべきは、GDPの7割の世界、L型(ローカル)企業群と呼んでいる小売、卸売り、飲食、宿泊、エンターテイメント、地域金融、物流、運輸、建設、医療や介護、農林水産業です。L型の特徴は地域密着で、その地域にいる人たちとフェイス-ツウ・フェイスでサービスをしている産業が多いことです。

 なぜか日本で地方創生、地域活性というと、限界集落の話になりですが、そうした場所にバスを通す、介護サービスや買い物の宅配という事業を行き届くようにするためにも、最も大事なのは地方の中核都市の再生です。L型産業群の経済を活性化しないと、日本の経済の未来はない。問題は地方から出てきた若者にあるのではなく、地方にある仕事に人材が回らず、彼らの力を活用できていない構造にあります。

 人口30万人規模の自治体が地方再生のカギを握っている。中核都市にはシャッター街も増えてきて、空き家になりかかっている。みんな共倒れしかねないという問題を抱えている。そのために人口をもう一度、中核都市に集めてくるという都市政策を、今度は地方でやらないといけない。最初は行政がとにかくお金を使ってかまわないから、中核都市部の再開発を行わないといけない。L型産業の多くはサービス業で、人口が集まれば自然と生まれてくる。

               

道州制ウイークリー(233)~(237)

■道州制ウイークリー(233)2021年1月2日

◆これが九州道州制ビジョン⑨

      (西川立一『九州道州制がよくわかる本』より)

◇なぜ地域主権型道州制が必要か(江口克彦氏)

 なぜ、道州制が必要かというと、中央集権体制が諸悪の根源であるからで、この体制を改めない限りほどなく日本は衰退の一途をたどることになる。このままでは東京一極集中がますます進み、地方の人口は減少、東京を中心とする首都圏と地方の格差も想像を絶するほど大きなものとなろう。一刻の猶予も許されず、新しい国のかたち、都道府県を廃し、全国を10程度の州、また住民の納得する基礎自治体に再編し、それぞれの地域が税財源などを掌握し、主体的に住民密着の政治行政を行う「地域主権型道州制」を実現しなければならない。

 広域行政に変えないと無駄が生じ、地域の負担もさらに増す。費用対効果を考えながら、広域でダイナミックに動かしていくことで行政も効率的になる。そうすることで人口が分散し、人々が自由闊達に活動できる「疑似国家」「分権国家」をつくり、少なくとも繁栄拠点を全国で十数か所つくる必要がある。そうしなければ国力は衰え、民力は低下し、日本はいずれ三流国家になる。

 九州はもともと独立意識が強く、道州制の議論も活発だ。九州最大の都市である福岡を起点に考えると、距離的に上海と東京は変わらず、ソウルは名古屋より近い。一つの州になれば海外の国と対等に交渉でき、国際運輸物流においても東アジアのハブになれる。税収面でも自主的に決めることも可能だ。九州から日本を変える、若い人たちがそう思って考え行動すれば日本を動かす力になる。。グローバル化の中で生き残るためには、何としても道州制の導入が必要だ。

 

 

 

 

 

 

■道州制ウイークリー(234)2021年1月9日

◆これが九州道州制ビジョン⑩

      (西川立一『九州道州制がよくわかる本』より)

◇九州道州制が目指す将来ビジョン

九州地域戦略会議の道州制検討委員会が2009年にまとめた「九州が目指す姿、将来ビジョン」報告書では、道州制導入について、①国内外の急速な変化に対応し、21世紀においても持続的に発展することを目指す ②現行のわが国の統治機構、社会の仕組みを抜本的に見直し、新しい国のかたちを構想する、としています

その目指す国のかたちは、●国の役割を限定する ●内政に関しては地方が自律的・総合的に担うことを基本とする ●都道府県を廃止し、新たに全国に複数の道州を創設する ●道州制組織の在り方は道州と市町村の2層制で公選の議会と首長を持つ、というものです。

国の役割は、外交、防衛、通貨、金融、国際的な枠組みに関する地球環境対策、公的年金など国家の存立にかかわることに限定する。そのうえで道州には警察、広域防災、空港、港湾、鉄道、高速道路、情報通信インフラ、新産業創出、経済交流、産業振興、雇用保険、医療計画など幅広い分野で国から権限と財源を委譲し、道州全体にわたる広域的な事業を受け持つ。

基礎自治体となる市町村は、消防、まちづくり、上下水道、景観保護,ゴミ・し尿処理、介護、保育所、商店街対策といった住民生活に直接かかわる公共サービス全般に関わる。

教育に関しては、国は最低限の水準を保証、道州は小中高の学習内容の設定、州立高校・大学の設置運営など、基礎自治体は市町村立学校の設立運営、学級編成、幼稚園など役割を分担する。

道州と基礎自治体が主体となって地域政策に関して自らの権限と財源を持ち、地域ニーズに的確に対応した政策を企画立案から施行まで一貫して効率的かつ総合的に実施する。そして九州のことは九州が決めるシステムを構築する。

 

 

 

 

 

■道州制ウイークリー(235)2021年1月16日

◆これが九州道州制ビジョン⑪

      (西川立一『九州道州制がよくわかる本』より)

◇道州制下での医療

 大都市に医師が集中、地方の医師不足が叫ばれて久しく、救急医療や高度・先端医療における広域連携の必要性も問われている。国から権限と財源を受けることで、まず医師不足の解消には、州立大学の医学部の定員を拡大することで医師数の絶対数を増やし、州が医学生に地方勤務を条件とした奨学金制度の充実を図るなどして、州内での定着を促進、離島、半島、中山間地の医師不足や小児科、産科の専門医不足に関しても、診療報酬を弾力的に運用することで手厚くし必要量の医師を確保する。

 広域連携医療においては、県単位では県境がネックとなり、連携がスムーズに行われず、コストや医療設備の面からも整備を図ることが難しい。道州制であれば、例えば市町村が離党・僻地の中に過疎地域の医療拠点を設け、より高度な州立病院と一元的な運営を行うことで、過疎地域にも安定した医療を提供できる。各県で重なる医療機能を集約し、拠点病院と過疎地の病院を遠隔医療システムを結ぶことも可能となる。

 救急医療でも道州制により大きく改善する。県単独では導入・維持が難しいドクターヘリを州の中で効率的に配備すれば、すべてのエリアをカバーできる。また、専門性の高い医療については、県単位ではそのレベルアップがなかなか難しいが、州でがんセンターや子ども病院、循環器センターなど専門性の高い期間を整備することで、最先端の医療の提供ができるようになる。その際、国の研究機関や諸外国の関連機関とも交流・連携を図ることで高度な医療体制をめざす。こうして医療を地域に暮らす人たちのニーズにきめ細かく対応、人の命を守るという基本的な地域医療のインフラを整備、より広域的なネットワークを構築することで、高度で最先端お医療を受けられるようにする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■道州制ウイークリー(236)2021年1月23日

◆これが九州道州制ビジョン⑫

      (西川立一『九州道州制がよくわかる本』より)

◇道州制下での子育て支援 

 核家族化により地域社会全体で子育てを支援していく必要性が今後ますます高まる。道州制下で子育て支援策が、道州と市町村が連携して、地域の実情を踏まえた弾力的で総合的な施策を進めれば、より効果的で、安心して産み育てる社会の実現ができるようになり、出生率の増加をもたらす期待がもてる。

 保育園での待機児童、幼稚園の定員割れというニーズとのミスマッチを解消し多様な保育ニーズへ対応するために、保育園や幼稚園の施設運営について、都市部など保育所需要が多いところで土地確保が困難な場合、保育施設や屋外遊技場の面積などの基準を緩和、児童数の減少で幼稚園の設置が難しい地域では、小学校などとの併設を認め、延長保育や短時間保育といったサービスの多様化により利便性を向上ささえる。

 また、出産・育児期の経済的負担を減らすため、児童手当、妊婦健診費、保育料などについて、道州と市町村が連携して、地域の実情や子育て世帯のニーズを踏まえて、出産・育児期の一体的かつ効果的な制度設計を行うことで、安心して子どもを産み育てることができる社会を実現する。

 女性の仕事と育児を両立させるために、女性の継続就労、再就職支援、中小企業への支援などを実施、就労環境を改善する。さらに、県ごとに実施している子育て応援事業を広域で取り組み、行政、企業、地域社会が連携、NPOも活用し、子育て支援を社会全体で応援していく気運を高めていく。

 

 

 

 

 

■道州制ウイークリー(237)2021年1月30日

◆これが九州道州制ビジョン⑬

      (西川立一『九州道州制がよくわかる本』より)

◇道州制での教育

 小中学校では国語に方言を取り入れ、地域の言語文化の保護や維持を図り、九州と関係が深い東アジアを意識し、外国語では英語のほかに中国語や韓国語を学べるようにし、社会科でも東アジアとの交流史を教え、理科では地域の自然保護など、独自の教育内容を盛り込めるようになる。高校では農林水産、醸造、観光、デザインなど九州の産業構造にマッチした専門人材教育を展開する。

 全国画一の学級編成、校舎整備基準がなくなるので、離島や中山間地集落が多い九州の特性に配慮し、分校制度を復活・強化、教育の機会をいままで以上に確保する。ハード面でも地元の木材を使用した校舎、農水産物を活用した給食も一層推進でき、地域の活性化の役割も担う。

 大学は国立、県立大学を必要に応じて州立大学として各都市圏レベルで再編を実施、再編によって生まれた余剰をベースに新たに芸術、獣医、アジア言語などの大学、学部を創設する。十分な財源を確保し、米国のような世界水準の州立大学のような大学に育て、世界に通用する研究を維持する。さらに体育、看護、福祉といった九州独自の既存の専門大学も加えることで地域社会の多様な教育ニーズに応えていく。また、州立大学の教育学部に学生定員を定め、質の高い教員も安定的に確保する。

 

 

 

 

■道州制ウイークリー(233)2021年1月2日

◆これが九州道州制ビジョン⑨

      (西川立一『九州道州制がよくわかる本』より)

◇なぜ地域主権型道州制が必要か(江口克彦氏)

 なぜ、道州制が必要かというと、中央集権体制が諸悪の根源であるからで、この体制を改めない限りほどなく日本は衰退の一途をたどることになる。このままでは東京一極集中がますます進み、地方の人口は減少、東京を中心とする首都圏と地方の格差も想像を絶するほど大きなものとなろう。一刻の猶予も許されず、新しい国のかたち、都道府県を廃し、全国を10程度の州、また住民の納得する基礎自治体に再編し、それぞれの地域が税財源などを掌握し、主体的に住民密着の政治行政を行う「地域主権型道州制」を実現しなければならない。

 広域行政に変えないと無駄が生じ、地域の負担もさらに増す。費用対効果を考えながら、広域でダイナミックに動かしていくことで行政も効率的になる。そうすることで人口が分散し、人々が自由闊達に活動できる「疑似国家」「分権国家」をつくり、少なくとも繁栄拠点を全国で十数か所つくる必要がある。そうしなければ国力は衰え、民力は低下し、日本はいずれ三流国家になる。

 九州はもともと独立意識が強く、道州制の議論も活発だ。九州最大の都市である福岡を起点に考えると、距離的に上海と東京は変わらず、ソウルは名古屋より近い。一つの州になれば海外の国と対等に交渉でき、国際運輸物流においても東アジアのハブになれる。税収面でも自主的に決めることも可能だ。九州から日本を変える、若い人たちがそう思って考え行動すれば日本を動かす力になる。。グローバル化の中で生き残るためには、何としても道州制の導入が必要だ。

 

 

 

 

 

 

■道州制ウイークリー(234)2021年1月9日

◆これが九州道州制ビジョン⑩

      (西川立一『九州道州制がよくわかる本』より)

◇九州道州制が目指す将来ビジョン

九州地域戦略会議の道州制検討委員会が2009年にまとめた「九州が目指す姿、将来ビジョン」報告書では、道州制導入について、①国内外の急速な変化に対応し、21世紀においても持続的に発展することを目指す ②現行のわが国の統治機構、社会の仕組みを抜本的に見直し、新しい国のかたちを構想する、としています

その目指す国のかたちは、●国の役割を限定する ●内政に関しては地方が自律的・総合的に担うことを基本とする ●都道府県を廃止し、新たに全国に複数の道州を創設する ●道州制組織の在り方は道州と市町村の2層制で公選の議会と首長を持つ、というものです。

国の役割は、外交、防衛、通貨、金融、国際的な枠組みに関する地球環境対策、公的年金など国家の存立にかかわることに限定する。そのうえで道州には警察、広域防災、空港、港湾、鉄道、高速道路、情報通信インフラ、新産業創出、経済交流、産業振興、雇用保険、医療計画など幅広い分野で国から権限と財源を委譲し、道州全体にわたる広域的な事業を受け持つ。

基礎自治体となる市町村は、消防、まちづくり、上下水道、景観保護,ゴミ・し尿処理、介護、保育所、商店街対策といった住民生活に直接かかわる公共サービス全般に関わる。

教育に関しては、国は最低限の水準を保証、道州は小中高の学習内容の設定、州立高校・大学の設置運営など、基礎自治体は市町村立学校の設立運営、学級編成、幼稚園など役割を分担する。

道州と基礎自治体が主体となって地域政策に関して自らの権限と財源を持ち、地域ニーズに的確に対応した政策を企画立案から施行まで一貫して効率的かつ総合的に実施する。そして九州のことは九州が決めるシステムを構築する。

 

 

 

 

 

■道州制ウイークリー(235)2021年1月16日

◆これが九州道州制ビジョン⑪

      (西川立一『九州道州制がよくわかる本』より)

◇道州制下での医療

 大都市に医師が集中、地方の医師不足が叫ばれて久しく、救急医療や高度・先端医療における広域連携の必要性も問われている。国から権限と財源を受けることで、まず医師不足の解消には、州立大学の医学部の定員を拡大することで医師数の絶対数を増やし、州が医学生に地方勤務を条件とした奨学金制度の充実を図るなどして、州内での定着を促進、離島、半島、中山間地の医師不足や小児科、産科の専門医不足に関しても、診療報酬を弾力的に運用することで手厚くし必要量の医師を確保する。

 広域連携医療においては、県単位では県境がネックとなり、連携がスムーズに行われず、コストや医療設備の面からも整備を図ることが難しい。道州制であれば、例えば市町村が離党・僻地の中に過疎地域の医療拠点を設け、より高度な州立病院と一元的な運営を行うことで、過疎地域にも安定した医療を提供できる。各県で重なる医療機能を集約し、拠点病院と過疎地の病院を遠隔医療システムを結ぶことも可能となる。

 救急医療でも道州制により大きく改善する。県単独では導入・維持が難しいドクターヘリを州の中で効率的に配備すれば、すべてのエリアをカバーできる。また、専門性の高い医療については、県単位ではそのレベルアップがなかなか難しいが、州でがんセンターや子ども病院、循環器センターなど専門性の高い期間を整備することで、最先端の医療の提供ができるようになる。その際、国の研究機関や諸外国の関連機関とも交流・連携を図ることで高度な医療体制をめざす。こうして医療を地域に暮らす人たちのニーズにきめ細かく対応、人の命を守るという基本的な地域医療のインフラを整備、より広域的なネットワークを構築することで、高度で最先端お医療を受けられるようにする。

 

 

 

 

 

 

 

 ■道州制ウイークリー(236)2021年1月23日

◆これが九州道州制ビジョン⑫

      (西川立一『九州道州制がよくわかる本』より)

◇道州制下での子育て支援 

 核家族化により地域社会全体で子育てを支援していく必要性が今後ますます高まる。道州制下で子育て支援策が、道州と市町村が連携して、地域の実情を踏まえた弾力的で総合的な施策を進めれば、より効果的で、安心して産み育てる社会の実現ができるようになり、出生率の増加をもたらす期待がもてる。

 保育園での待機児童、幼稚園の定員割れというニーズとのミスマッチを解消し多様な保育ニーズへ対応するために、保育園や幼稚園の施設運営について、都市部など保育所需要が多いところで土地確保が困難な場合、保育施設や屋外遊技場の面積などの基準を緩和、児童数の減少で幼稚園の設置が難しい地域では、小学校などとの併設を認め、延長保育や短時間保育といったサービスの多様化により利便性を向上ささえる。

 また、出産・育児期の経済的負担を減らすため、児童手当、妊婦健診費、保育料などについて、道州と市町村が連携して、地域の実情や子育て世帯のニーズを踏まえて、出産・育児期の一体的かつ効果的な制度設計を行うことで、安心して子どもを産み育てることができる社会を実現する。

 女性の仕事と育児を両立させるために、女性の継続就労、再就職支援、中小企業への支援などを実施、就労環境を改善する。さらに、県ごとに実施している子育て応援事業を広域で取り組み、行政、企業、地域社会が連携、NPOも活用し、子育て支援を社会全体で応援していく気運を高めていく。

 

 

■道州制ウイークリー(237)2021年1月30日

◆これが九州道州制ビジョン⑬

      (西川立一『九州道州制がよくわかる本』より)

◇道州制での教育

 小中学校では国語に方言を取り入れ、地域の言語文化の保護や維持を図り、九州と関係が深い東アジアを意識し、外国語では英語のほかに中国語や韓国語を学べるようにし、社会科でも東アジアとの交流史を教え、理科では地域の自然保護など、独自の教育内容を盛り込めるようになる。高校では農林水産、醸造、観光、デザインなど九州の産業構造にマッチした専門人材教育を展開する。

 全国画一の学級編成、校舎整備基準がなくなるので、離島や中山間地集落が多い九州の特性に配慮し、分校制度を復活・強化、教育の機会をいままで以上に確保する。ハード面でも地元の木材を使用した校舎、農水産物を活用した給食も一層推進でき、地域の活性化の役割も担う。

 大学は国立、県立大学を必要に応じて州立大学として各都市圏レベルで再編を実施、再編によって生まれた余剰をベースに新たに芸術、獣医、アジア言語などの大学、学部を創設する。十分な財源を確保し、米国のような世界水準の州立大学のような大学に育て、世界に通用する研究を維持する。さらに体育、看護、福祉といった九州独自の既存の専門大学も加えることで地域社会の多様な教育ニーズに応えていく。また、州立大学の教育学部に学生定員を定め、質の高い教員も安定的に確保する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

道州制ウイークリー(165)~(168)

■道州制ウイークリー(165)2019年9月7日

◆人口減少国家 日本の未来⑤全国で町が消えていく

(河合雅司『未来の透視図』より)

2015年を100とした時に30年後の2045年に人口がどのくらい減るのかを日本地図で示してみると、人口が半数以下になってしまう地域が、北海道から沖縄までかなりの地域に散らばっている。人口5000人未満の自治体が増えていけば、病院や銀行など地域に必要な社会インフラが存在できなくなる事態になりかねない。

北海道では、2045年に実に6割以上の自治体が人口5000人未満の小規模自治体となる。東北でも宮城を除く各県で、3割ほどが小規模自治体だ。北関東では群馬県の25%の自治体で5000人未満になる。東京都の周辺3県でも小規模自治体は確実に増えていく。

中部エリア9県では全県で人口減少が進む。小規模自治体が特に多い長野県では、45年には約半数の自治体が5000人未満となる。近畿エリアの三重、奈良、和歌山では小規模自治体の増加が顕著。奈良、和歌山は約4割が5000人未満となる。

四国4県もまた、人口減少が著しく進む。特に高知は5000人未満の自治体が6割を超える。中国エリアでは鳥取、島根で5000人未満自治体が約4割となり、人口規模全国12位の広島県でも1割の自治体が人口5000人未満となる。九州・沖縄でも全県で小規模自治体が増える。熊本は6割を超える自治体が5000人未満となる。

大都市圏は高齢化が目立ち、地方圏では高齢者の増加率は高くないが、労働者人口の減少が著しい。地域のサービスが消滅する人口規模をみると、2万人以下では美術館、研究機構、ペットショップ、英会話教室などが消える。1万人以下になると、救急病院、介護老人福祉施設、税理士事務所などがなくなり、5000人以下となると、一般病院、銀行などが消滅する。これまで当たり前だった生活ができなくなってしまう。

 

■道州制ウイークリー(166)2019年9月14日

◆人口減少国家 日本の未来⑥空き家急増、老朽化する生活インフラ

(河合雅司『未来の透視図』より)

誰も住んでいない家や集合住宅の空室が増えている。総務省の調査では、全国にある空き家は2013年時点で820万戸にものぼり、住宅総数(6063万戸)の13.5%を占める。このうち約6割に当たる471万戸はマンションなどの共同住宅だ。住宅が余っていながらも、都心部を中心にタワーマンションや集合住宅の着工は相次ぐ。野村総合研究所の試算(2016年)では、このままでいくと、2033年には住宅の3戸に1戸が空き家となってしまう。

全国には所有者が分からない、また連絡がつかない「所有者不明土地」が2016年時点で九州とほぼ同じ面積の約410万ヘクタールもある。これが年々拡大、2040年には16年の1.7倍に当たる約720万ヘクタールに増えると試算されている。北海道の面積の約9割に当たる。

1960年代に集中的に整備された社会インフラは一斉に老朽化が進む。2033年度には、道路橋の約63%、トンネルの約42%、水門などの河川管理施設の約62%が建設から50年以上となる。財政が悪化する中、インフラの刷新は難しい。インフラに係るコストは利用者が負担するが、人口減少に伴い利用者が減ると利用料だけでは賄いきれない事態が起きる。

水道管の法定耐用年数は40年だが、耐用年数を超えた水道管は、2014年に12%を超えた。それに対して水道の需要は2000年をピークにどんどん下がっている。2018年に成立した改正水道法により水道事業の民間委託がしやすくなったが、はたして参入する民間企業があるか、水道管の刷新を進めながら水道料金の大幅値上げを避けられるのか、見通しは決して明るくない。

 

 

■道州制ウイークリー(167)2019年9月21日

◆人口減少国家 日本の未来⑦戦略的に縮むための提言

(河合雅司『未来の透視図』より)

我々は発想を大胆に変えるときである。日本の人口減少はもはや避けられない。ならば、戦略的に縮むことだ。縮むことは必ずしも「衰退」を意味するものではない。戦略的に縮むには、日本人の総仕事量を減らすことだ。

第1のアイデアは、「便利すぎる社会からの脱却」である。24時間営業のコンビニエンスストアは当たり前の風景となった。だが、こうした「便利さ」を維持するには、膨大な人の手が必要である。すこし便利さを我慢することで、これらに携わっている人を減らし、その分、必要不可欠となる他分野へと人材をシフトすることができる。

第2のアイデアは、「国際分業の徹底」だ。賃金の高い国が「大量生産・大量販売」のモデルを続けることには無理がある。コンピューターの発達は、発展途上国の向上にあっても先進国の工場でつくるのと同じレベルの製品をつくることを可能にした。日本でしかつくれないもの、日本がつくった方がよいものに特化することだ。日本の得意分野に人材を集中させていくことで、成長分野を活性化させていくことが日本の豊かさを維持する上で不可欠といえよう。

第3のアイデアは、「居住エリアと非居住エリアの分離・明確化」だ。社会の支え手が減る時代おいては自治体の職員ですら十分に確保できなくなる事態が想定される。人口減少社会、少子化社会においては、住民がバラバラに住むエリアが広がっていく。こうしたエリアに行政サービスや公的サービスを届けるにはコストもかさむ。どのように届け続けるのかが大きな社会的問題となるだろう。行政マンや公共サービスの担い手が少なくなる中で,やりくりしていくには、住民側の割り切りも不可避だ。そこで、地域ごとに住民が集住するエリアをつくり、行政サービスや公共サービスはそこまで届ければよいことにする。

 

■道州制ウイークリー(168)2019年9月28日

◆人口減少国家 日本の未来⑧拠点国家を構想せよ

(河合雅司『未来の透視図』より)

第4のアイデアは、「働けるうちは働く」ということだ。60歳や65歳でリタイヤするのはあまりにももったいない。高齢になっても必要とされる人材となるには、スキルを磨き続けるしかない。働く期間を長くできれば、公的年金の受給を繰り下げることも可能となり、結果として年金受給額を増やすこともできる。

第5のアイデアは、「1人で2役をこなす」ことだ。空いている時間をうまく活用することで、勤労世代の不足の解消ともなる。人手不足による採用難が深刻化する中で、優秀な社員の流失を防ごうと思えば、複数キャリアを認めるしかない。

「大量生産・大量販売」というこれまでの成功モデルを投げ捨て、付加価値の高い商品やサービスを「少量生産・少量販売」するビジネスへとモデルチェンジすることだ。

「少量生産・少量販売」のモデルはヨーロッパに見つけることができる。そこで、人口が激減する日本においても、東京一極集中に代表されるような「集積の経済」一本槍のビジネスモデルから脱却し、「拠点国家構想」を目指すことを提言したい。

「拠点国家構想」とは、全国に人々が集まり住む拠点を定め、それぞれの地域の特性などを生かし、あるいは伝統工芸品などに使われてきた技術力を転用することによって、ヨーロッパのごとく高く売れる製品やサービスを少量生産する考えだ。「世界に通用するブランドづくり」に活路を見出そうというのである。

日本に残された時間はあまりに少ない。いま我々に求められているのは行動に移すことである。人口が減ってもなお、暮らしの豊かさが損なわれぬよう、この国をつくり替えることが急がれる。